小嶋 裕です。
 
From Chuhei
 
オリエンテーリングリレー競技で第2走者から第3走者にタッチして走り出したところです。
昨年11月、長崎県大村での全日本リレー大会, XVクラス、撮影はOL写真家上林さんです。
 
 
 
この地図は昨年12月、大阪府枚方市の山田池公園でのウエスタンカップリレー大会で使用されたものです。
 
 

 

 

      老人とリレー競技     

 

 

 

 地図に、いくつかの標識の位置が○印で書き込まれています。スタート地点は△で、ゴール

地点は◎の表示もあります。その地図を渡されると方位磁石で進行方向を定め、これらの標

をいかに早く廻ってくるかを競うのが、オリエンテーリングの競技です。

 

 こう言ってしまうと、簡単なように思えるのですが、実は本格的に競技を開催するとなると、

まずは専用の地図を作ることから始めねばならないのです。その前に開催地の地権者の了解を

取るというやっかいな作業が待っています。

 

 苦労して了解を取り、何人かで手分けして担当の区域を定め、調査に入ります。市販の地図

にはない等高線による尾根や沢の微妙な曲がり具合、枝尾根、枝沢の正確な方向と長さと高さ、

岩や土崖、穴、凹地、亀裂、炭焼き窯跡、祠、など詳細な情報を書き込んで、何日もかけて、

原図を作ります。それをマッパーと呼ばれるまとめ役が集め、一つの新しい地図を作り上げ

るのです。こうして作った地図も3年もすればすでに変わっているところが有り、使いにくく

なります。

 

 43年も前からオリエンテーリングをはじめ、やがて、大阪のクラブに入り、このような地

図調査や競技の運営も何度か担当し、そして、各地で行われる競技にも参加し続けながら、年

を経ていつの間にか老人になった男がいました。

 

 80歳を過ぎますと、昔一緒に調査や競技をした同年輩の仲間は誰もいなくなりました。世

代が完全に変わっていたのです。また山や丘を早く駆け巡ることは出来なくなりました。それ

でも老人は調査された地図の地形や特徴物を照らし合わせながら、ルートをたどる面白さにひ

かれ、競技参加を続けていました。

 

 オリエンテーリングにもリレー競技があります。普通は3人で一組となり、最初に回る走者

が帰ってくるのを待って二番目へ、そして最後に三番目の走者へとタッチして、3人の合計時

間がその組の成績となり、ほかの組と競うのです。

 

 昨年の10月28日にも宇治市の丘陵地帯太陽が丘で、このリレー競技大会がありました。

参加者の多くは大学生など若い人たちで、老人が加わりますと、たちまちその組の巡航時間が

遅くなり高い順位は望めなくなりますから、老人はリレー競技であっても、組みを組まず個人

単独で出場する予定でいました。

 

 ところがそれを知った大阪オリエンテーリングクラブの小西さん30歳が「折角のリレーで

すから一緒に組みましょう」と声をかけてくれました。もう一人は仕事が忙しいために、いつ

キヤンセルするか知れないので、組を組んでいなかった同じクラブの小城さん38歳でした

参加者中最高齢の81歳の老人が加わりますと、合計年齢149歳になります。他の組は合

でも100歳以下がほとんどですから、それでもよいかと念を押して、内心は若い人に声を

かけてもらったことが嬉しく老人は張り切って大会に参加しました。

 

 競技大会当日は雨でしたが、老人は他の42組の若者と一緒に、第1走者として一斉にスタ

ートしました。選択したコースはそれほど難しくないBクラス3・2キロのコースでした。5

000分の1の地図で、標識の数が14ありました。ところがなんとBの標識に向かう道が分

からなくなりました。広い道なのですが、実は途中で通行が止めてあったのです。勿論、地図

上でも通行止めの表示があったのですが、カーブで二股に道が別れるところだったので、止め

の表示に気づかず間違った道を進んでしまったのでした。

 

 やっとBのある道を見つけたのですが、ここだけで、41分55秒も費やしてしまった老人

に焦りの気持ちが生じました。あとで分かったことですが、このコースのトップ選手は、同じ

区間を3分38秒で通過しています。これでは、待ってくれている若い第2・第3走者に申し

訳ないと、あと雨が降りしきるなか老人は必死で走りました。
 

 そしてやっと第2走者の小城さんにタッチしました。なんと一人で1時間48分48秒もか

かってしまったのです。このクラスのトップの組みは既に合計時間1時間48秒38秒で3人

とも走り終えています。

 

 その上、老人にはK番の標識を飛ばしてチェックしていないという理由で失格が宣告されま

した。競技の通過証明には持って走るEカードを標識の横にある受け枠にはめ込むのです。す

ると通過した時刻がEカードに電子的に記録されます。ところがKの記録がないので全部を廻

っていないという判定でした。標識が分からなかったのでなく、無意識にKを飛ばしていたの

です。リレーでは一人が失格するとその組みの3人とも失格となります。

 

 老人は雨でずぶ濡れの体のままその場でへたりこんでしまいました。第三走者の小西さんは

「仕方がない。ま、元気を出してください!」と慰めてくれましたが、失格が分かってこれか

らスタートして行く小西さんの気持ちを思うと、老人は、若い人と組んでこんなリレーに出た

ことが間違いではなかったか? という後悔の思いで胸が痛みました。この日の失格は14組

もありました。

 

 しかし老人にはこれからも、出場しなければならないリレー競技が待っていました。11月

24日に長崎県大村市で行われる全日本リレーオリエンテーリング大会です。

 

 これは毎年1回都道府県の対抗リレーとして行われます。1年前は長野県松本アルプス公園

で行われ、老人も大阪府の代表として出場しているのです。老人の出場するのはXV、65歳

以上のクラスですが、今年は大阪府では新しく65歳になった人もあり、このクラスは2組作

ることができました。

 

 老人はその内の第2組で、ベテラン女性の四宮さん66歳、大阪府団長の辻村さん77歳と

組むことになりました。三人の合計年数は224歳となり、全国のリレーチームの最高齢とな

ります。

 

 老人は11月23日に大村に着き、当日ゴルフ場内を利用した短いコースの競技に出たあと、

全国リレー大会開会式にも出ました。

 

 この大会は113組が13のクラスに分かれて競います。老人の出るXVクラスは10組が

出場していました。場所は大村市の山地にある岳ノ木場公園・すわの森です。地図は7500

分の1で、一人当たりの標識の数は19、距離は3・3キロです。老人は第3走者を担当しま

した。

 

 第一走者の四宮さんは無事帰ってきて、第2走者の辻村さんに引き次ぎました。そして辻村

さんが完走して老人にタッチすると、いよいよ、今度こそ絶対にミスはできない第3走者老人

の番です。大阪府チームの第一の目標も先ずは全員完走することになっています。炭焼小屋跡

の@に始まって、Aの沢、Bの小径の曲がりと順調に進み、それ程大きな間違いはなく、Pの

茂みの東側まで来ました。あと二つで完走です。ところがどうしたことか、老人の方向感覚

ここで狂ったのです。落ち着いてゆっくり磁石で確かめれば良かったのですが、早くゴールし

ようという気持ちが強かったのか北西に進めば良いものを、何故か東へ道を走っていました。

これはおかしいと気づいたその時、一時的に現在地が分らなくなったのです。問題はこの次で

す。Qの岩の北側へ行くべきなのに、その意識が消えて、最終標識のR建物の北角が次と信じ

てしまって進んでいたのです。

 

 ゴールしてEカードをチェックすると、2箇所も飛ばしていて、失格と宣告されました。

人はゴールしたときは、完走したと信じ切っていましたから、「全部見た。飛ばした覚えはな

い」と言い張りました。大阪府の団長と監督が調査依頼をして、Eカードのラベルに痕跡はな

いことが確認され、そして立合いで現地のQに受け枠のトラブルを確かめに行った結果、やっ

と老人はQに来ていないことが分かり、飛ばしを認めました。しかし、もう1箇所のKはそこ

に確かに行っている覚えはあります。恐らくEカードを受け枠に差し込みすることを忘れたの

でしょう。  

 

 この日の失格は23組ありましたが、大阪府チームは11組のうち、老人の組だけが失格と

なりました。大阪府の総合は8位、そして5つの組が表彰を受けましたが、老人は肩を落とし

て、ホテルに戻りました。

 

 同じホテルに宿泊しているオリエンテーリング専門の写真家で、今や大会には無くてはなら

ない存在になっている、岐阜の上林さんや、この日のリレーMIXクラスで見事金メダル、そ

して、いつも女子の60歳台競技ではトップを占める入間市オリエンテーリングクラブの植松

さんから、老人は食事をしないかと誘われました。そして北海道から、翌日の全日本ミドル大

会男子75歳Aクラスに出場のため、着いたばかりのベテラン札幌オリエンテーリングクラブ

の原田さんが加わり、ホテルのレストランで、この日のことやこれから参加するオリエンテー

リング大会などのことを4人で語り合いました。

 

「競技で最初に地図を広げたときのドキドキ感がたまりません。たとえ難しくて泣きそうに

っても……」という植松さんたちの競技にかける熱い思いに、老人は落ち込んだ気持ちから

し回復することができました。

 

 翌日は、自衛隊のトラックで山奥の深くまで運ばれ、そこから森の中を前日のゴール地点ま

で戻ってくる、リレー競技よりは難しいコースでしたが老人はなんとか完走しました。

 

 しかしながら、老人にはまだ参加しなければならないリレー大会がありました。12月16

日枚方市の山田池公園で行われる、ウエスタンカップ大会です。関西以西のチームが優勝カッ

プを争う、もう29回も続いている大会です。組むのは同じクラブの大ベテラン笠井さん76

歳と中原さん54歳です。勿論老人が最高齢者で、組の年齢合計は211歳となり、参加1

クラス、102組の中でも最高齢の組となります。老人は今度こそ完走できなければ、もう

リエンテーリングとは縁を切ろうと堅く心に決めました。そして、競技の前に脳ドックで有

な神戸のクリニックでMRI検査を受け、脳に認知症の症状や記憶力の障害のないことを確

しました。

 

 今回はMV、という男子50歳以上のクラスです。老人から見ると息子世代のグループと争

うことになりますが、まずは時間内に完走して今度こそ納得できる競技をしたいと思いました。

新しく作られた地図は5000分の1、標識は19、距離は4・0キロで、老人は第2走者を

担当しました。

 

 当日は晴れ、第一走者中原さんからタッチした老人は丘の側面を走り、流れを渡り、溝をこ

え、尾根をたどり、崖を下ってMまで先ずは順調に来ました。あと、5つを残すのみです。そ

の時ふっと老人の頭にひとつ手前のLを取ったかな? という疑惑が浮かび上がりました。L

はコブの西側という説明です。そのイメージが頭に浮かびません。普通ならそんな疑惑は打ち

消して次へ進むところですが、万一標識を飛ばしてきていたら、万事休すとなります。老人は

即座にLに戻ったのです。6分ぐらいの時間の損失になったでしょうか。戻ってみると確かに

先程チェックしたところに違いありません。しかし老人は悟ったのです。《自分の頭に浮かん

だ疑惑や疑問を一つ一つ自分自身で納得させながら進むのが、老いた者の競技だ》若かった時

は戻ることなどなかったのです。しかし老いた者が納得のないまま勢いで進むと、それが失敗

の原因になり、もう回復することはできないのです。

 

 Nの会場の近くの標識では、声援を受け、最終のRから、やがて待ち受ける第3走者笠井さ

んに、タッチして完走しました。

 

 やがて、笠井さんも元気一杯で帰ってきて「大阪オリエンテーリングクラブ代表の4組はす

べて完走しました」とクラブのリレー総まとめ役の大林さんが大声で宣言しました。ほかのチ

ームで失格が12組もありました。

 

 老人の組の総時間は2時間41分40秒でMVクラス7位でした。しかし、もう時間や順位

はどうでもよかったのです。リレーで結ばれた3人が自然の中を組のため懸命に走り抜いて完

走し、それぞれが自分の走りに納得して、満足すれば、それで「リレー競技の醍醐味はここに

極まった」と、老人が心から思っているからでした。

 

                       (平成23年1月11日)

 

 

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:★:cosmic harmony
      宙 平
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