From Chuhei

 

 

雪隠とは厠、トイレのことです。下の写真は奈良県高市明日香村にある鬼の雪隠です。

本当は古墳の石室だったものですが、言い伝えでは鬼が通行人を食べここで用を足した

とされています。

 

 

将棋では、王将を盤の隅に追い込んで詰めることを雪隠詰めといいます。

 

 

 

 

 

 

雪隠詰められ

 

 

雪隠詰めとは逃げ場のないところまで相手を追い詰めることである。将棋では王将を盤

の隅に追い込んで詰めることを指す。雪隠とはトイレのことであり、そのなかに閉じ込め

られて、出られなくなることは「雪隠詰められ」であろう。

 

最近、どういうわけか雪隠に詰められた話をよく聞くようになった。昨年新聞の「声」

欄で読んだのは、56歳の浜松市の主婦の話で、この人は3時間自宅のトイレに閉じ込め

られた。鍵をかけたわけでもないのに、ドアノブは回るが開かない。45分後に2階にい

た家人が気づき、まずノブを外すことにした。家中のドライバーを集めて、トイレの窓か

ら差し入れてもらった。ノブのねじ穴を見つけ、なんとかネジを回してノブを外した。

 

しかし、ドアは開かなかった。どうやら中心部の金属がこわれて、かんぬき状態になっ

て動かない。仕方なく金ノコの歯をドアの隙間から差し込みラッチ部分の金属を切ること

1時間、やっとドアが開いたという。

 

そして、東京都港区で一人暮らしをしている63歳の女性の「自宅マンション閉じ込め

8日」という記事が昨年12月17日の朝日新聞に出た。

 

夜中にトイレに入ったとき、ひとりでにドアが閉まり、開かなくなった。トイレの前の

廊下に立てかけた「こたつセット」の段ボール箱が倒れ、ドアと壁の間にぴったりとはま

ってしまったのだ。11階建てマンションの8階、換気扇に向かって何度も叫んだが、周

囲が気づいた様子はない。管理人は非常勤で8階に来ることはなかった。

 

窓も時計もない。かすかに聞こえる建築工事の音で、1日の始まりと終わりが分かった。

口にできるのは手洗い用の水だけ、着ていたのは寝間着1枚で、トイレットペーパーを足

に巻いて寒さをしのいだ。暖房便座が少しの救いだったが、日増しに「餓死するのか」と

不安が強まっていった。

 

最後の望みは入院中の97歳の母親であった。毎日欠かさず病室を訪れていたので来な

くなれば、不審に思って連絡があるだろうと思った。果たして7日目の夕方頃から電話が

鳴り続けた。夜中も鳴りつづけた。母親が心配して看護師に連絡を頼んでいたのだ。そし

て、病院からの通報により警官が来て、8日目の夕方無事救出された。ところが、その直

後に母親の容体が急変して、その日に亡くなった。1階の郵便受けには新聞が山ほどたま

っていたが、誰も気づかなかった。

 

このような一人暮らしのマンションでの長期雪隠詰められこそ、無縁社会の象徴そのも

のではないかと思う。

 

昨年は私の親類も雪隠に詰められた。突然私宅に電話がかかってきて、

「貴方の親類が、トイレに閉じ込められて、窓から貴方の電話番号をいっておられます。

何とかしてあげてください」

 

ということであった。聞けば西宮市の山手に住む妻の弟(六十八歳)が、トイレの窓か

ら声をかけて外に出ていた隣の人に救援を頼んだらしい。彼の妻は音楽会で外出中、宝塚

に住む彼の息子もいるが、同じ西宮の私の家の電話番号を覚えていたのだろう。

 

さて! どうするか? 隣の人とは連絡ができるので、家の玄関の扉を開けて入れるな

ら、その人に頼んでいるだろう。家の鍵も持つ彼の妻の携帯か、息子に連絡が取れればよ

いが、私はその電話番号を知らない。私の妻なら知っているかもしれないが外出中である。

 

とりあえず、私の妻の携帯に電話をかけることにした。が、今まで外出中の妻の携帯に

電話がつながったことがない。大事そうに厚い袋に入れ、バックの奥深くしまいこんでい

るからだ。「これでは携帯の意味がない」といくら言っても直らない。

 

ところが、このとき電話はかかった。妻の妹の車に乗っていて、カバンの中で電話が鳴

っていると注意してもらったらしい。

 

すぐに彼の息子に連絡が取れ、私もほっとした。寒いなか3時間半の雪隠詰められであ

った。彼の家のトイレの鍵は防犯上家の中からトイレの扉の外側にもかけられるようにな

っていた。細い鉄棒を下の穴にはめ込むフランス落とし錠というもので、扉を閉める時の

振動で鉄棒の芯が下に落ちやすい。半年前にもそんなことがあって、その時も彼が一人だ

った。宅急便の配達の人に声をかけ、トイレの窓からその人の携帯を入れてもらって、私

の所に電話がかかってきたことがある。その時は私の妻が電話を取り、連絡を受けた彼の

息子が駆けつけて救出した。

 

「同じ間違いを繰り返さないように、何とかしなければ……」という私の妻の言葉により、

今回、このフランス落とし錠は、取外されて廃棄され、親類一同これで安心した。

 

雪隠に詰められるというのは、確かに今の建物構造上の問題もあるが、核家族化の進行

が、やがて一人住いへと孤独化してゆき無縁社会が生まれることと関係ないとはいえない。

また社会から見放され、雪隠に詰められたと同じ状況で、一人でもがいている人々も増え

つつあるようだ。

 

いや、一般人だけの問題ではない。政治家でも自ら招いた行動や発言のために、問責決

議だ、国会招致だと文字通り雪隠詰めにあい、もがいている。それが政治をさらに雪隠に

追い詰める。小沢の壁や、マニフェストの壁、ねじれの壁に詰められて身動きが出来なく

なる。外交でも沖縄の米軍基地や、北方四島問題では正に雪隠に詰められてこれまたもが

いている。

 

こうして、すべての詰められてしまった雪隠からの大脱出を図るには、よほどの強い意

志と決断、そして深く考え抜かれた叡智の限りを尽くすことがどうしても必要になってく

るのである。

(平成23年1月13日)

 

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:★:cosmic harmony

'' 宙 平