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Chuhei
写真は県立尼崎病院の東洋医学研究所付属診療所です。
私がここを訪れるようになったことから、『鍼・灸の記』
が始まります。
鍼・灸の記
私の身体に地震が起こりはじめた
私が鍼灸に通い始めて今年でもう四年がたちました。そこで、なぜ私が鍼灸を始めたのか その理由から話をしましょう。
私は十一月で七十五歳となりますが、比較的に元気の良いほうだと、周りの人達に言われ ています。確かに今でも、毎日のようにジョッキングはしますし、時にはオリエンテーリン グで山の中を駆け回ることもあります。しかし六十歳を過ぎた頃から、時々目眩のような感 じに襲われ、頭が急に重くクラクラとして意識の抜けていくような、症状が起こることがあ りました。そんな時は、もう身体を起こしていることは出来ません。倒れこんで「救急車を 呼んでくれ!」と言ったこともありました。それは突然に起こり、しばらくすると治まりま すので、私の身体には地震が起こるのだ、とも言っていました。
毎年の健康診断では、特に何もなかったのですが、不安になった私は西宮の県立病院で血 液の検査やレントゲンのほかに、MRIや・脳波の検査など、を受けましたが、原因は分か りませんでした。それでも、診察を受けると、精神安定剤を出してくれることになりました。 しかし、そんなものを飲むとかえって気持ちがおかしくなるようでした。
そこで、専門病院として有名な西宮協立脳神経外科病院へも行って、症状を説明しここで もレントゲンやMRIにより診断を受けました。が、特に異常がありませんでした。
それでも症状の起こることがあります。結局私の場合は、病院で検査をいくら受けても原 因は分からないし、治ることはないというのが結論でした。
県立病院に東洋医学科があった それでは、どうすればよいのでしょうか?
このような時、経験的な見地から全体的に見てくれるのは、東洋古来の鍼・灸・漢方など の東洋医学しかないのではないか、と、私は思いました。西宮市には県立も市立も病院に東 洋医学科はありません。インターネットで尼崎に、県立病院の本格的な東洋医学科があるの を知り訪ねてみることにしました。紹介もなくぶっつけ本番でしたが、東洋医学科の長瀬先 生に症状と経過を話して、漢方の生薬をもらい、付属研究所で鍼と灸を受けることになりま した。
長瀬先生は昭和十六年生まれ、京都大学医学部卒で、聖光院細野診療所で内科医の勤務を しながら漢方を学び今は、兵庫県立東洋医学研究所の副所長をしておられます。
私の話をじっくり聞いて処方された薬は、次のようでした。
釣藤鉤 九グラム。天麻 九グラム。芍薬 六グラム。桂皮 四グラム。大棗 四グラム。 地黄 四グラム。山薬 四グラム。山茱? 四グラム。枸杞子 三グラム。菊花 三グラム。 沢瀉 三グラム。牡丹皮 三グラム。茯苓 三グラム。甘草 二グラム。
この内、釣藤鉤は痙攣を抑え、鎮静する薬であり、天麻は眩暈に欠かせない漢方で、芍薬 は筋の痙攣を緩和するものです。その他の薬も身体の緊張を緩和し、安定する役割を果たし、 それぞれの生薬の力が相まって総合的な効果が生まれるとされています。これらの薬を混ぜ 合わせたものを、大きな土瓶に入れ水を加えて煎じ温めて、それを朝夕二回に分けて食前に 飲むことになりました。 灸は「久」に通じる そして、私は特に鍼と灸の治療に期待しました。これも最初に長瀬先生が指示をされ、そ れを鍼灸師の四十歳台の外間先生が引き受けて、週に一回、全身の前面と背面に。鍼を全部 で五十本位打つのです。腹部・腕・膝・顔面(眼の周り)俯いてから首筋、背中、腰、膝の 裏などのツボがその場所です。同時に灸も三十ヵ所位温灸(間接灸)で行うのです。寝台に 上半身裸となり、膝も出して横たわり身体の前後で一時間ぐらいかかります。最初は痛さや 熱さを感じることがありましたが、慣れてくると、適切な刺激に気分がよくなり、気持ちが すっかり落ち着いてきます。
私は三十年位前、胃潰瘍と言われた時に、昔から行なわれている米粒大の艾(もぐさ)を 直接ツボに載せてすえる灸をしばらくの間、腹部のツボにしたことを思い出しました。しか しここでは、直接ではなく小さな筒を使って皮膚との間に少し空間を空けています。これだ と程よい熱さになり、火傷の痕が残りません。
灸は「久」に通じる、と言います。ギックリ腰が一回で治ったということもあるようです が、私のような症状の場合は、一回や二回で良くなるものではありません。本当に最後には 良くなるものかどうか分からないという不安で一杯でしたが、とにかく、毎週一回の鍼灸を 続けました。それでも、しばらくは、身体に地震が起こるような症状は、時々起こっていま した。が、やがて次第に少なくなってきました。四年たった今では、過去一年間は一度もそ の症状は起こっていません。
そして、漢方薬の方は、二年位経ったとき、土瓶で毎日煎じるのは大変ですので、粉末の 薬に変えてもらいました。そして、今はツムラ釣藤散エキス顆粒とコタロー桂枝加芍薬湯エ キス細粒が混ざった粉末五グラムを、朝と夕に飲んでいるだけです。
私は今、治療をめでたく終了するときが近づいたのではないかとも思っています。ただな ぜ身体に地震が起こるようになったのか、が、分からずじまいである以上、なぜ直ったのか もはっきりしません。漢方でも鍼灸でも、「これで治療完了」とはなかなか、治療する先生 側からは言い出さないもののようです。ここに「久」に通じる特色と、あいまいさがありま す。しかし、私は検査で原因が分からなかった身体の地震が、起こらなくなったと言うこと は、西洋医学にない経穴や経絡を、鍼灸で刺激して筋肉や神経の緊張を漸次緩和して行って、 それが血流を良くした結果ではないかと、思っています。勿論、漢方薬による身体の緊張緩 和作用があったことも間違いないと思っています。 鍼灸と健康保険 日本では明治政府がドイツ医学を主流として採用し、古くからの鍼灸や漢方を正式な医学 としては禁止してしまったのでした。しかし昭和期に入り漸次見直され始め、戦後は世界中 で関心が高まるようになって来ました。現在日本では漢方薬はエキス剤で一四八種類が認可 され、生薬では二〇〇種類が薬価基準に収載され、医師の必要性の診断を条件として、保険 適用が認められています。
鍼灸については、医師の診察を先に受け、左記の症状に限り、医師が同意書を出す場合に、 健康保険より助成が出ることが認められています。
@ 神経痛 A 五十肩 B リュウマチ(関節の腫れ、痛み) C 腰痛 D 頚腕症侯群(首・肩・腕の痛み、しびれ) E 外傷性頸部捻挫後遺症(ムチウチ)
私について言えば、鍼灸の一回で三〇〇〇円を支払いますが、二ヵ月毎に鍼灸師の証明に長 瀬先生の頚腕症侯群治療の同意書をつけて、西宮市役所に助成の申請を出します。六ヶ月後に 一回分に付き一〇〇〇円程度の助成金が銀行に振り込まれます。
いずれにしても、医師の同意が必要なことが、健康保険治療の条件です。薬漬けを嫌って鍼 灸のみを希望する人々には、なかなか医師の同意書を得にくいと言う現実があります。また鍼 灸治療所によって、費用も高くつく所もあるようです。「久」に通じる治療だけに、費用の問 題も良く考えて受けないと、大きな負担になってしまいます。税務申告では医療費控除の対象 にはなりますが、保険の助成分は差し引かねばなりません。 先人達の積み上げた回復への願い 鍼灸は古代中国の黄河流域を中心に生まれた医学の技法だといわれています。石や骨の先で 身体のツボを刺激して、痛みが止まったり、疲れが取れたりした驚きが、集積され、火を使う 灸と共に経験の医学として、体系化されました。
それが、今世界的に研究が進められるようになったのは一九七一年、薬を使わない中国の鍼 麻酔での手術が伝えられた時でした。手の合谷に鍼を刺しただけで、痛みを感じさせず麻酔と して外科手術を可能にするという事実に対する驚きでした。
身体の中には痛みをおこすブラジキニンなどの「発痛物質」とこれとは逆に、エンドルフィ ン、エンケファリン、ダイノルフィン、セロトニンなど痛みをおさえる「鎮痛物質」がありま す。鍼治療はこのエンドルフィンなどの「鎮痛物質」の分泌を増大させることが分かっていま す。また鍼治療により血液中のエンドルフィン濃度が上昇することも実証されています。しか し、私の身体の地震がなぜ止まったのかが、まだ分からないように、この分野での病気治療の しくみの研究は、まだまだこれからです。
私は今では、鍼灸治療で、鍼の先から受ける軽い刺激や灸の快い熱さが、身体の中に流れ入 るとき、先人達の永い年月の中で積み上げた回復への願いが同時に身体を巡るのを感じます。 そのような時、身体の地震は止まっても、腰痛・目の疲れ・膝の痛み・などと次々出てきそ うな私の身体の老化現象に、果たして鍼灸治療の終止宣言をすることができるかどうか、私 は今迷っています。
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