ポップコーンを食べながら映画『空母いぶき』を観る
令和元年5月28日、阪急西宮ガーデンズ5FのTOHOシネマズ西宮で、映画
『空母いぶき』を観た。
この映画の原作はビッグコミックに掲載された漫画家かわぐちかいじ(川口開治)
の同じ名前の作品であるが、この作品の背景には、実際にあった話として中国が領
有権を主張する尖閣諸島の中国漁船衝突事件や、今なお、しばしば発生している尖
閣諸島での中国船の領海侵犯事件がある。
また昨年、政府は海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」と「かが」に、
ステレス戦闘機F35Bを搭載できるよう改修し、事実上の空母化することを決め
たことである。政府は今まで憲法上、攻撃型兵器を保有してこなかった経緯があり、
防衛相も今回の改修は憲法で保有できないとされる「攻撃型空母」ではなく、専守
防衛の範囲内と強調している。が、それでは攻撃型でない「防衛型空母」とはどん
な空母なのかあいまいなままである、という現実の問題も作品の背景にある。
そして、この作品の映画化では、明白に危険が迫り相手が「武力攻撃事態」となった
時に「防衛出動」を発令する総理大臣垂水慶一郎役を、俳優の佐藤浩市が演じた。とこ
ろが、この佐藤浩市が役作りについて漫画雑誌のインタービユーで語った発言がネット
上で炎上を招いた。それは彼が首相役について「最初は絶対やりたくないと思いました。
いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には
のこっているのですね」そこで「首相はストレスに弱くて、すぐにお腹を下して
しまうっていう設定にしてもらったのです」いったことである。
これに対する反応としては弱い首相にしてくれという役者の要求に、脚本をそう変え
たような映画など見たくない。また第一次政権時代の潰瘍性大腸炎だった安倍首相を
揶揄しているのではないか。最初から首相を貶める目的で首相役を演じている映画など
見たくもない。などの投稿が相次いだ。半面、これは別に安倍さんのことではない。
ギヤーギヤーと騒ぐことはない。役者が権力に対する批判精神を持っているのは立派
なことではないか。と、いう投稿もあった。
私はこのような話を知って、佐藤浩市が緊急時の首相をどう演じるか、ぜひ見たいと
思った。勿論『空母いぶき』が防衛出動を発令されて、どう行動するかも見ものである。
9時35分の開場前、シネマズの飲食販売カウンターの前を通ると、ポップコーン
セット680円というのが目について、ついコカコーラ付きを買った。バケットに山盛り
のコーンとコーラのカップを乗せた大きなプレートを渡されて驚いた。それを持って
座席まで行って、どうしたらよいのか戸惑った。が、カップに合わせてプレートを置いて
回すと、座った目の前に、山もりのコーンが来た。
私はここでコーンをつまんで、ごくりとコーラを一口飲んだ。《さぁ、いよいよだ。
佐藤浩市が演じる首相はいつ「防衛出動」を発令して武器を使えるようにするのかなぁ》
「空母いぶき」を中心に護衛艦「あしたか」「いそかぜ」「はつゆき」「しらゆき」、潜水艦
「はやしお」からなる第5護衛艦群は、初島奪還と初島で拘束されている海上保安官たち
救出のため、フィリッピン海を航行していた。突如、敵潜水艦からのミサイル攻撃が襲う。
「空母いぶき」の甲板に1発が命中し艦載機の発艦は不可能となる。さらに針路上に空母を
含む敵艦隊が出現し、この敵の正体は東亜連邦と判明する。この国は、某大国を後ろ盾にし
て3年前に作られ、波留間群島の領有権を頑なに主張し、領海侵犯を繰り返していた。
「いぶき」艦長秋津はこのまま直進して敵潜水艦の攻撃を、群司令の涌井に進言する。
副艦長兼航海長の新波はまだ正当防衛にならないとして、迂回する主張を譲らない。涌井は
「このまま直進。ただし敵が撃つまで撃ってはならん」と判断を下す。しかし、涌井は
ミサイル攻撃を受けた時の傷が悪化し倒れ、指揮権は秋津に委ねられた。
私は口のなかのコーンを噛みしめていたが、ここで呑み込むと、また欲しくなってひとつまみ
を口に入れた。《秋津と新波は防衛大学同期ということだが、そのことでお互い意見を
言いやすいという設定にして映画を作っているのではないかなぁ》
首相官邸では、「防衛出動」発令を主張する副総理兼外務大臣の城山が、首相に決断を激しく
迫っていた。しかし、アジア大洋州局長の沢崎は「ここで対応を誤れば、火は世界中に広がり
ます」と進言する。
しかし、初島に向かっていた航空自衛隊の偵察機が、敵戦闘機の攻撃を受け、対空ミサイルに
よって搭乗員もろとも爆散したとの報告を受ける。垂水首相はここで、振り絞るようにして、
自衛隊の「防衛出動」を発令した。
敵空母から発艦した攻撃機のミサイルが、さらに「いぶき」を襲う。しかし「あしたか」の対空
ミサイルがすべてを迎撃し撃墜した、と見えた。ところが残る1機が低空から迫ってくるのが
分かった。ぎりぎりの手前で「あしたか」のミサイルはこれも撃ち落とした。
副艦長新波は海に脱出した敵パイロットの捜索と救助を指示した。
「いぶき」には訓練航海取材のためネットニュース社新人記者、本田裕子と、東邦新聞海自記者
田中が乗り込んでいたが、緊急事態のため隔離されて、ヘリコプターでの退艦を告げられたが、
「私たちはここで起こっていることを伝えなければならない。この艦にいさせてほしい」と艦長
に詰め寄り、さらに規制を厳しくする条件で艦に残る了承を取る。
「外交交渉に影響する戦闘は極力回避されたし」政府からの指示が第5護衛隊群各艦に伝えられる。
政府は今回の東亜連邦のおこした領土侵略については、国連に対し我が国の自衛権発動を報告し、
国連の主導する「集団安全保障措置」の発動を期待しているらしい。
再び敵の潜水艦が現れ複数の魚雷が発射される。敵の潜水艦を沈めれば多くの敵の乗組員が死ぬ。
それを避けて敵の攻撃を抑える方法はないのか。潜水艦「はやしお」艦長滝は「はやしお」を敵潜
水艦にぶつけて魚雷の発射を阻止する。すでに発射された魚雷群は「はつゆき」の対潜ミサイルに
よって阻止したが、「いぶき」に向かった1発については、「はつゆき」艦長瀬戸が自らの艦を盾に
して魚雷を浴び「はつゆき」は激しく炎上した。その炎上写真を新人記者の本田裕子が撮って、
本社に送って広がったため、クリスマスに浮き立つ東京の街は、一気に騒然となった。
総理の緊急記者会見が行われ「これは交戦権の行使による戦争状態ではないか」と詰め寄る記者
たちに、垂水首相は「いえ、自衛のためのやむを得ぬ戦闘です。我が国は絶対戦争はしません」
と力強く言葉を返した。
私の口の中はコーンを噛み続けている甘みで一杯になった。ここで、コーラをがぶがぶと飲んで
みた。余計口の中が甘くなった。《脚本を弱い首相の設定に変えたというが、佐藤浩市は、なかなか
堂々とした首相を演じているのではないかなぁ》
「いぶき」前方に敵の駆逐艦2艦が現れる。対艦ミサイルを発射するべきだ。だが、「対艦ミサイル
で撃沈させ、2艦の乗員600名の命を奪えば、戦線は拡大し戦争につながる」副艦長新波は強く主
張する。秋津はそれに対し「いそかぜ」の主砲による砲撃によって、相手を撃沈せず無力化することを
提案する。そして「いそかぜ」艦長浮船の見事な砲撃の腕前により、敵駆逐艦は沈まず沈黙した。
さらに敵空母から発艦した10機編隊のミグ戦闘機が護衛隊群に向かってきた。甲板の被弾修理が
完了した「いぶき」からは、迫水を隊長とするアルバトロス隊F36の5機が出撃。敵4機を撃墜するも、
残る6機が放ったミサイルが柿沼の2番機に集中する。迫水は緊急脱出を命じるが、1機150億と
いわれるF36を失うことを恐れる柿沼は応じない。「機体は替えがきく。お前は替えがきかない」
迫水の叫び声に、柿沼は脱出ボタンを押し、2番機は海に突っ込んでしまう。その柿沼が救助されて、
運ばれてくるとき、同時に救助されていた捕虜のパイロットが隊員の拳銃を奪ったのを見つけ、
柿沼は奪い返そうとしてその拳銃で殺されてしまう。
私はだいぶ減ってきたコーンをさらにつまんで噛みしめた。コーラは全部飲んでしまった。《柿沼を殺
した捕虜に、怒った隊員たちは拳銃を向けるが、艦長秋津は止めに入り、捕虜にやさしく英語で声を
かけるのだが、ここのところは、いやに言葉や演技がわざとらしすぎるなぁ……。しかし、この場面は
乗り組みの記者の本田、田中たちによって、撮影されていた。そしてこの映像はすぐに世界中に報道され
国連を動かす一助になった。秋津はそれを見越して英語で声をかけた。と、いう設定なのだろう。
それに違いない》
20XX年の日付は、すでに12月24日になっていた。が、敵の攻撃は続き、複数の潜水艦から魚雷
が一斉に発射される。懸命の回避行動により何とか避け、接近した1発は爆破するが、その破片のため
「いぶき」の甲板は再び戦闘機が飛び立てなくなってしまう。さらに、敵空母からミグ24機が飛び
立ったという知らせが入り、いよいよ絶体絶命に追い込まれる護衛隊群。
やがていつの間にか、敵空母と「いぶき」の間に5隻の潜水艦がはいり、一斉に両方の空母に魚雷を発射
してきた。しかしその魚雷は途中でみんな自爆した。実はこの5隻はアメリカはじめ主要国からなる国連
軍の潜水艦だった。「これ以上の戦闘拡大は国連として許されない」と言ってきた。政府の働きかけが
功を奏し、国連は「集団安全保障措置」を発動したのだった。東亜連邦は初島から撤退して、拘束されて
いた海上保安官たちは無事解放された。「いぶき」はその人たちのために,あたたかい握り飯とみそ汁を
用意して初島に向かうのだった。
私はバケットの底をさらって、コーンを全部口の中にいれた。映画が終わると同時にコーンも見事になく
なった。コーンは上映時間に合わせて、食べ終わるようになっていたことに感心した《この映画の結末の
ように国連軍がこんなにうまく戦闘の場に来てくれて、戦闘を止めてくれることは実際、難しいのではない
かなぁ。例えばこの映画の東亜連邦という国の背景に中国があり、中国の支援を受けている場合、国連安全
保障理事会がすぐに国連軍派遣を決めるとは考えられないよ》
この映画には、このようにコーンを食べて、私が感じたような、突っ込みどころが色々あることは事実である。
しかしながら、いまだに続いている中国公船の尖閣諸島の領海侵犯は現実の問題であり、領土侵略があった時、
どうすべきか、常に考えておかなくてはならないことだと私は思う。また日本は改修ではあるが,空母を持つ
ことを実際に決定した。
そういう意味で、この映画にはエンターテイメントの面白さと同時に、我が国の安全保障を考えるうえで、
重要な事項が数多く含まれていて、私は観ておいてよかったと思った。
そして、ポップコーンを食べながら映画を見たのは生れて始めての経験だった。
(令和元年6月2日)