From Chuhei
迷路のような大学構内を走る

私の学生時代には、まだ日本にオリエンテーリングというスポーツはなかった。19 66年頃日本に入ってきて、私が始めたのは40歳の頃である。丘陵地や低い山地の 尾根、沢、小道の分岐、森の中の穴や凹地などに、幾つかの標識を置き、それを順番 に回り、その時間を競う競技だった。標識の場所は、競技用の地図に、〇印で描かれ ていて、その地図の等高線、沢筋、道、小道、さらに岩石、特徴物、凹地、建物など の位置は、常に新しく詳細に調べられたものだった。そして、コンパスで方向を定め 標識を目指して走った。

やがて、山地での競技とは別に、簡単に参加ができる場所として、公園の地図が作ら れて競技が行われるようになった。私も大阪オリエンテーリングクラブに入って、服 部緑地公園や大阪城公園を地図調査してオリエンテーリング用地図を作り、競技大会 を開いた。その後、各地多くの公園で競技用地図が作られ、私も近郊のたいていの公 園の競技大会には参加してきた。

そして、大学のオリエンテーリング部活動が盛んになり、学生が競技大会を主催して、 それに一般人も参加するようになった。やがてそのうち、学生たちが、自分の大学構 内の競技用地図を作り上げ、大学構内の競技大会を開くようにもなった。

私の参加した大学構内の競技大会は、古い建物と新しい建物が混在する京都大学で2回。 池があり丘陵地に建物が並ぶ、大阪大学豊中キヤンパス。万博公園の北一帯の千里丘 陵に広がる大阪大学吹田キャンバス。東山に続く丘陵地帯と道を隔てた平地に建物が 連なる名古屋大学。六甲山の斜面で高低差の激しい神戸大学。海外の大会では、ニユー ジーランドのオークランド教育大学エプソンキヤンバス。オークランドメッシイ大学 アルバニーキヤンパス。オークランド大学シティキャンバスなどである。

ニュージーランドのそれぞれの大学キャンバスは2017年ワールドマスターズゲーム ズのオリエンテーリング・スプリント競技のモデル大会・予選大会・決勝大会の競技場 として使われ、私は男子85歳台10名の決勝で銅メダルを取ることができた思い出の 大学キャンバスであった。

スプリント競技というのは、公園、街、大学構内などで行われる、比較的短い距離の 競技のことを、そう呼ばれている。今では山地、森林、丘陵地などで行われるフォレ スト競技(距離によりミドルとロングがある)に対して、別の種目として扱われ、大きな 世界大会になると、スプリント競技でモデル、予選、決勝の3日間。続いてフォレスト 競技でモデル、予選、決勝、ミドル・ロングの5日間が行われるようになっている。

4年に1度行われるワールドマスターズゲームズの2021年は、初めて日本の関西で 31競技59種目の競技が行われる。その内オリエンテーリングは兵庫県で、スプリント 競技は5月21日~23日、神戸ポートアイランドと神戸大学六甲台キヤンパス。フォレ スト競技は5月25日~29日まで、但馬の杉の沢高原、兎和野高原、峯山高原で行われる ことが決定している。そして私はその男子90歳台クラスに出場する予定でいる。

今年になり大阪大学・神戸大学・奈良女子大学のオリエンテーリング部の学生たちが阪神奈 大会と名付けて合同で大会を開くことになった。その第一回を2月22日として、大阪大学の 吹田キャンバスを競技場に選び、新しく構内の地図を作りなおした。それに、私も参加の 申し込みをしていた。が、毎日のようにコロナウイルスの報道が流れ、高齢者が感染すると 重症になりやすいので、外出しないほうが良いという。高齢者とは何歳以上のことを言って いるのか、よく聞くと、65歳以上を指すらしい。そうすると88歳の私などはたちまち重 症化してしまうのは間違いない。それに当日は雨とのこと、行くのは止めようと思っていた。

しかし考えてみると、これからも感染が拡大して、大会自体が中止になることが起こりそうだ。 それなら、むしろ行けるときに行っておかないと本当に行けなくなったときに後悔する。 それに大学構内のこの大会は神戸大学で行われるワールドマスターズゲームズのスプリント の対策にもなると、思いなおして行くことにした。

大阪モノレール彩都線の阪大病院前駅を降りると、すでに雨が降っていた。15分歩いて案内 のあった万博公園の迎賓館北側の大学の正門に行くと、門は閉まったままだ。他の参加者が 100㍍ほど西の扉から入るように変わったらしいと教えてくれた。前にも来たことがある ので、扉の場所は分かっていた。会場の体育館に入ると、受付が始まっていた。

まずは、通過証明になるICカード(指にはめて走り、標識の場所に着くとその横にある機器 の穴に入れると、自動的にタイムを記録する)を受け取り、着かえていると、急に気温が下がり 寒くなった。雨も一層激しくなったようだ。今日のコースはロング(3・4㌔出走者196名) ミドル(3・0㌔出走者60名)ショート(2・4㌔出走者15名)で、私はミドルに申し込 んでいる。ミドルの大半は学生で、一般の参加者も若い、その中に数名の高齢のベテランが 混じっている。最高齢は東京からやってきた高橋さん89歳で、それに次ぐ高齢者は私である。 二人とも来年のワールドマスターズゲームズ男子90歳台クラス出場を目指している。出場が 実現すれば日本では初の90歳台出場選手となる。

会場からスタート地点まで10分と説明があったが、実際は15分かかった。大学生主催の大会は、 学生を対象に運営されているので、高齢者は戸惑うことが多いが仕方がない。スタート時間ぎりぎり に枠に入り、地図を取ってスタートする。テープに沿って走ると正式にスタート地点を示すフラッグ が見えてくる。そこが地図には△印で表示されている。ところが△印の印刷の色が薄いので, 雨に濡れた老いた目には、地図のどこにあるか少し戸惑った。△から①へは北西に広い道の北側を 走り、線状の植え込みの終りの①をチェックする。次いで南南西に複雑な建物群を通りぬけて建物 の角の②を取って、北北西に長い距離を藪の西角の③へ走る。雨は氷雨に変わり、身体に浸み込んで、 全身がこわばってくる。案内には、細かな建物が複数存在する工学部エリア、一方で大きな建物が 点在する歯学部、人間学部エリア、と書かれていたが、敷地面積約100万平方㍍(甲子園球場28 個分)の中に広く乱立する建物群の中に入り込んでしまうと、どの学部のどの部分に自分がいるのか などは、さっぱり分からない。ただ建物の横にある階段を下ってみると、建物の下をくぐって思わぬ 近道で、空き地の内角の④が取れた。北へ進み⑤の建物の角から⑥の盛り土の上へ行く途中、道筋を 一つ間違え少し時間を取ってしまった。競技時間は60分で、それを超えると失格になる。⑥までの 時間はすでに27分09秒も経過していた。

今日の私は競技時間内に、とにかくゴールして完走するのが目的である。多くの参加者があちらこちら 猛烈なスピードで走り回っている中を、慎重に進んで⑦、⑧、⑨、⑩、⑪、⑫、⑬、とまず間違わずに チェックできた。ここから構内の広い道路を渡り、宮殿のようなICホールの前を通ると、少し入り 組んだところに空き地の内側の⑭があった。ここからあと二つ、南南西に進んで、立木の西北⑮と、 線状の石塁の終りの⑯をチェック、そして体育館の前でフィニシュチェックをしてゴールをした。 身体の動きを止めると、氷雨に濡れた身体の冷えを感じ、体育館に急いで駆け込んだ。靴を脱ぐのに 手がかじかんで靴紐がしばらくほどけなかった。 私は48分15秒で完走した。私の走ったクラスは学生が大半、一般人も若い人が多いので、超高齢者 の順位がどうなるかなどはスタート前から決まっているから気にしない。しかし、ミドルクラス出走者 60名の内、時間オーバーで失格になった人が4人、そして標識チェックミスで失格になった人が4人いた。 時間オーバーの人の内3名はスタートの時間に遅れて、その遅れた時間が加算されたため、競技時間60 分を超えてしまったのだと思う。最高齢の高橋さんのラップを見ると43分51秒でゴールしていたが、 どうしたことか、⑮を飛ばして、チェックしていないので、失格となっていた。 この日家に帰り一息ついて、ネットでこれからのオリエンテーリングの大会情報を見ると、3月の日本 の各地で行われる大会の予定は殆どが中止か延期になっていた。コロナウイルスの感染を防ぐためなのだろう。 今日の大会を最後として、しばらく大会は開かれないかもしれない。雨ではあったが、大学構内を走り回る 大会に、今日参加しておいて本当に良かったと思った。 半面、最高齢の高橋さんと、一緒に日本初の男子90歳台クラスに出場しようと話し合っている、 ワールドマスターズゲームズ2021は、もうすでに申し込みが始まっておりその締め切りが来年の 2月末である。世界中にコロナが広がっている状況で、果たして世界各国から高齢の選手が、日本の 関西に集まれるのだろうか。本当に心配になってきた。

(2020年3月12日)

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宙 平
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