甑岩(こしきいわ)は告ぐ   宙平氏  平成19年1月23日投稿


From Chuhei
 
写真は越木岩神社のご神体の甑岩(こしきいわ)です。
 
 
 
           甑岩(こしきいわ)は告ぐ 
 
 
 
 私の子供の頃の冬、北に連なる六甲の峰をみると、いつも雪が白く輝いていた。「六甲の峰に雪白く、吹く風いとど身にしみて……」と西宮市の今津小学校では、運動会の応援歌を歌っていたものである。

 

 ところが近年は、峰に雪が輝くのを見ることが無くなった。正月でも「暖かい新春でしたね」と挨拶することが多い。このことだけを考えると、有難いことのように思えるが、地球温暖化が進行しているのが、その原因だと知ると、私は先行きに空恐ろしさを感じる。

 

 地球上、あらゆるところで温暖化は進行している。キリマンジャロのような高山も、三十年前の写真と比べると、雪山が地肌をむき出した山に変わっている。

氷河と言われたところもすでに氷河ではなくなり、北極や南極の氷も崩れ始めている。万年の氷が融けると海の水位が上がり始め、南太平洋のキリバス共和国やツバルの島々では、すでに水没の危機に直面している。

 

 また、海水の温度が上がると、台風やハリケーンなどの進路や大きさなどに、異常なものが現れる。ニューオーリンズを水浸しにしたあの恐ろしいハリケーンも最近の異常気象と無縁ではない。それだけではなく、二℃の平均気温の上昇で、海面が陸地を狭め数千万人が食糧不足に陥り、生態系の変化で数億人がマラリアの危険に晒され、数百万人が洪水を受け、そして数十億人が水不足に陥る恐れがあるとされている。

 

 私は雪の無い冬の六甲を見ながら、改めて思った。《これだけの大問題が迫っていることは分かっている筈なのに、なぜ切迫感が人々に無いのだろう。みんなまだまだ自分の時代は大丈夫だと思っているのだろうか? しかし、今までに無い洪水、山崩れ、病気、食料不足が急に襲ってくる可能性は充分にある。それだけではなく、この美しい自然に満ちた地球がどんどんむしばまれていくことに、どうにも我慢が出来ない》

 

 世界の人々の代表は、日本の京都に集まり温暖化防止のために、二酸化炭素排出量を削減する目標を決めた議定書を作った。しかし、アメリカ・中国・ロシヤなどの大国の府はあまり真剣に取り組んでいるように見えない。発展途上国といわれる国々もこの問題に対する危機感が感じられない。そして依然として自動車も船も航空機も化石燃料を燃やし続け二酸化炭素を地球表面に流し続けている。

 

 私は今年一月の晴れた暖かいある日、家から近くの夙川をさかのぼり、越木岩神社に詣で、神社の奥に鎮座するご神体の甑岩の前に立った。高さが十二メートル、まわりは大人が手でつないで三十人分あるこの巨岩は、天を突いてそびえ私を見下ろした。ふと見ると横からこの岩に向かって深く頭を下げ、動かずになにやら祈り続けている男の人がいた。この岩は古い昔から、このように多くの人々の祈りを受け続けているので、人間の念を一杯に吸収して神気に孕んでいるように見える。私も手を合わせ祈りながら、問答を交わすことにした。

 

「岩よ! 地球の環境悪化を止めるにはどうすればよいのか?」

 

 岩は私の心の中に重々しい声を響かせた。

 

「すべては人間の自然破壊から始まった。森林の伐採。岩石の掘り起こしが、その始まりだった。秀吉の大阪城築城のときなど、このワシまで割って切り出そうとしたのだ。その時、ワシは白い煙を噴出してノミを打ち込んだ職人に吹きかけた。さらに勢いよく噴出し続ける煙に、切り出しを命じた役人達までも逃げ出したのだ。そのため、ノミあとを残したまま、ワシはこうして残っているが、他の山の岩が切り出されてしまった後は、大雨の後にがけ崩れが起きて、川が氾濫した。

 さらにその後人間は地上の自然だけでなく、地下に眠る太古の蓄積されたエネルギーの化石燃料(石炭・石油・天然ガスなど)を掘り出して、燃料として燃やし始めたのだ。その上排出される炭素を吸収する森林までも伐採しているのだ。人間はこの馬鹿げた傲慢さを捨てなければならない。地上地下を問わず自然そのものを、畏れ尊びそのままの状況を保つように、自然に仕えなければならない。環境悪化を止めるには、化石燃料の掘り出しも使用もすぐにやめることだ!」

 

「岩よ! それはわかっているのだ。しかし人間は化石燃料を生活に結び付けてしまっている。すぐにやめられないのだ」

 

「わかっていてもやめられない。人間は自然から見ると、生物の中で最も愚かな生き物なのだ。それを知った上で、今の生き方を変えられないとしても、急いで化石燃料の使用から脱却すべきだ。それを研究して進めている人間達もいる。太陽・地熱・海洋・風力などの発電、そして、エタノールなどの植物燃料、水素と酸素で発電し続ける燃料電池などだ。これらの脱化石燃料の全面使用は、どうしてもやらねばならないのに、それに対して愚かにも、あれこれ文句をつける人間がいる。しかしやがて、人間全体の意識が、脱化石燃料で高まれば急激に利用が増え、コストの問題も解決するのだ」

 

「岩よ! これは日本の国の問題だけではないのだ。世界には様々な人間がいて様々な考え方がある。世界の意識が簡単には一本にまとまらないのではないか」

 

「よいか! 環境悪化を食い止めるために、世界のリーダーシップを取るのは日本なのだ。日本は化石燃料などの資源の少ない国だ。だからこそ出来るのだ。まず日本が環境立国を宣言して、石油燃料からの離脱を図らねばならない。反対はあるだろう。それでも徹底して脱石油の環境産業への切り替えを図るのだ。

 例えば自動車産業ならば、急速に非石油燃料車に切り替える。ガソリンスタンドそれにつれ非ガソリン供給スタンドへの切り替えを行う。そして、他にもこのような脱石油環境技術を日本が独自で確立し、それを世界に広げるのだ。このことが、経済的にも今後の日本を発展させ、日本人の生活を支えるのだ。

 もし、これを日本がしなければはどうなるかがわかるか? 資源国はなかなか脱石油が図れなくて、世界全体の脱石油環境技術の開発進行が遅れる。そして石油の消費がもっと進み、様々な温暖化の弊害が噴出する。と同時に埋蔵量に限度のある石油価格が異常に高騰してきて、輸入にたよる日本の経済はいち早く衰退し、やがて日本の石油依存経済は完全に破綻してしまうのだ。そして経済が破綻すると、大半の食料を輸入に頼っている日本は食糧を買えなくなり危機に見舞われ、餓死する者が続出することとなる」

 

「岩よ! 石油価格が騰がり日本が窮地に立つことはわかった。しかしアメリカや中国やロシヤなどにリーダーシップを取るのは難しいのではないか?」

 

「これは脱石油環境技術を武器として、戦う世界戦争だ! アメリカのブッシュ政権は石油資本を背景にしているから、イラクにこだわり、脱石油は無理だった。投票の僅かの差で六年前大統領をブッシュに譲った民主党の元副大統領ゴアは、今でも世界を回り地球の環境危機を訴え続けている。彼の出る記録映画『不都合な真実』は今日本でも公開されている。そしてアメリカの世論も変わりつつある。環境政策も必ず変わる。中国・ロシヤには、ヨーロッパと日本が手を組んで戦え!」

 

「岩よ! 肝心の日本政府と日本人にそれをやる覚悟があるのだろうか?」

 

「日本にとって事態は危急! そんなことを言ってられないのだ。お前もぼやぼやしていないで、直ぐに帰ってインターネットでこのワシの話を、日本全国隅々にまで伝えろ!」

 

 折からの日の光に輝いた甑岩は、私をじろりと睨みつけた。

 

 


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