映画 万引き家族
6月11日、TOHOシネマズ西宮OS劇場で今回、カンヌ国際映画祭でパルムドール
賞を受賞した是枝監督の「万引き家族」を見た。
パルムドール賞というのは、「金のシュロ」と訳されるがカンヌ国際映画祭で最優秀作品
に与えられる賞のことで、勝利・栄誉の象徴となっているナツメヤシがそのカップのモチ
ーフとなっている。
私は最初に「万引き家族」という題名を聞いたとき、昔見たイタリア映画「自転車泥棒」
を思い出した。これは自転車に乗ってポスター張りをする仕事をやっと見つけた貧しい失業
中の男が、ある日無理して質屋から戻したばかりの自転車を盗まれてしまい、必死になって
幼い息子と一緒に、盗まれた自転車と犯人を探し回るが、とうとう方策がつき、サッカー場
に止めてあった他人の自転車を盗むがすぐに捕まってしまうという、やりきれない思いのす
る貧乏物語だった。
ところが、今回の「万引き家族」では、なぜ万引きを家族でするに至ったかという過程の
説明はなく最初から、スーパー店内で父親が店員の視界をさえぎる場所に立ち、幼い息子は
下に置いて口を開けてあるリュックに商品を落とすという巧妙な手口の万引き画面から、映
画が始まるのである。「自転車泥棒」の親子と大分違うなと私は思った。そしてこの家族は確
かに貧乏ではあるが、貧乏につきものの深刻さや暗さがなかった。
祖母、父親と母親、母親の妹、幼い息子の5人家族が古びた平屋建ての一軒家に住んでい
る。狭い家にはごたごたしたものが置かれて窮屈に暮らしている。喧嘩をすることはないが、
仲の良い家族というわけではない。ただ本能的ともいえる不思議な結束があるようである。
父親と息子は寒空の下、集合住宅の廊下に出されている女の子を見つける。その子の親から
の虐待を疑った父親はその子を連れて帰る。彼女はその日から男の子の妹になる。
この家族の一番の安定した収入は祖母の年金である。父親は日雇いとして工事現場で働い
ていたが、怪我をしても労災保険ももらえない。母親はクリーニング店で働いていたがやがて
リストラされる。母親の妹はマジックミラー越しに客と接する風俗店で働き、なじみの客もい
るようである。父親と息子は値段の高い高級な釣竿の万引きをするなどして、万引きにはまり
こんでいる。こんな一家ではあるか、いつも明るく生活しているように見える。ビルに囲まれ
て見えない花火大会を音だけで楽しみ、家族全員で電車に乗って海へも出かけた。
そんな日々を送っていたある時、息子が、新しく家族になった妹と駄菓子屋に入って万引き
をしようとした。それに気が付いていた駄菓子屋の店主から「妹には万引きをさせるなよ」と
諭される。そして駐車場で金属棒により窓を割って車上荒らしをする父親の姿にも戸惑いを覚
えるようになる。息子は「万引きは、店にあるものはまだ誰のものでもないから良いのだ」と
教えられていた。しかし車上荒らしは明らかに他人の物を奪い取ることになる。息子の心は父
親の教えることに疑問を感じるようになる。
ある朝、祖母が眠るように息を引き取っていた。夫婦は葬式代もないので、家の床下に埋葬
する。そして、祖母の年金はそのまま妻が祖母の銀行口座から下ろして使っていた。
そんな時、息子が妹とスーパーに万引きに入り店員に見つかる。息子は妹をかばい、故意に
目立つように逃げ、追手に挟まれた息子は高い道路から飛び降りて骨折してしまう。警察は万
引きして傷害を負った事件として調べ始めるが、家族にも疑問を抱き息子の入院している病院
で、家族に色々事情聴取する。夫婦はごまかして逃げ出し、夜逃げしようとするが、警察に包
囲され家族は捕まってしまう。
ここから映画の画面は急転して、警察の取り調べ場面になり、この家族の実態が明るみにさ
らされる。そして驚いたことには、この家族たちは、誰一人として血縁でもなければ、法的に
も家族でない存在の集まりだったということがわかる。
父親・治と母親・信代は正式の夫婦ではない。かつて信代は、前の夫に暴力を振るわれ身の危
険を感じて防いだ刃物にその夫が刺さり死亡した。その死体を土に埋めている。それを一緒に手
助けしたのが治である。
祖母・初江は信代、または治の本当の親ではない。かつては離婚した夫がいたが、その自分の
妻の座を奪った後妻の孫が(信代の妹としていた)・亜紀で、家出してきた彼女を初江が引き取り
亜紀の元の家から養育費名目で金を受け取っていた。
息子・翔太はかつて治と信代がパチンコ店の駐車場で車上荒らしをしたときに、その車に置か
れたままになっていた赤子の翔太を、このままでは直射日光を浴び死んでしまうと、さらってき
て育てた子供である。 集合住宅の廊下から連れ帰ってきて、翔太の妹となっていた、りん・本
名はじゅりと分かった。その実家でひどい暴力を受けていた様子であったので、少女が行方不明
というニュースは聞いていたが、かくまい通すつもりでいた。そのじゅりが実家に戻りたいと言
ったと刑事から聞かされた信代は、「彼女は自分で私の娘として〝りん〟を選んだのよ」と答える。
しかし「彼女はあなたを何と呼んでいましたか、ママ? お母さん?」と問い詰められた信代は
何も答えられず、流れる涙を拭う。
結局、信代は少女誘拐・死体遺棄・年金不正詐取などの罪を一身にかぶり、刑務所に収監される。
一方亜紀は温もりを求めるかのように、皆の住んでいた家を再び訪ねてみるが、やはりそこはもう、
ガラクタしかないもぬけの殻であつた。これからどうするか定かではない。
治は翔太と共に刑務所で、信代に面会する。そこで、信代は「拘束される身となったが、家族の
時間が楽しかったからお釣りがくるくらいだ」という。そして、翔太が車のなかに置かれていた時
の車の車種や番号を覚えていて、翔太に知らせ「その気で調べれば、本当の両親が分かるはずだ」
と話す。しかし映画では翔太が本当の両親のところに行くかどうかは明らかではない。
翔太は養護施設に入所することになる。バス停まで送りに行った治に対し、バスを待つ間、スー
パーで捕まったのは、故意にやったことだ、と打ち明ける。祥太が乗ったバスが走り出すと、別れ
がつらくなり必死にバスを追いかける治の姿があった。
そして、名前をじゅりに戻したりんは、実家で相変わらず集合住宅の廊下に追いやられて、一人
で遊ぶ姿があった。そして、ふと立ち上がり、踏み台に乗り外を見つめた。それは、また誰かが迎
えに来てくれるのを期待しているかのようにも見えた。
映画「誰も知らない」「そして父になる」などで、今まで様々な家族の形を描き続けてきた是枝裕
和監督は、この作品について「10年くらい自分なりに考えてきたことを全部この作品に込めようと
そんな覚悟で臨みました」と自ら語っている。そして「今回の物語の中心にするのは、自分の子ども
ではない子どもを育てながら本当らしい親になりたいと思う、そういう人たちの話にしようと思った
のが最初でした。その上で彼らをどういう状況に置こうかというのを考えたときに、ここ数年日本で
起きているいくつかの家族をめぐる事件を、新聞やニュースで目にした時、経済的にかなり追い込ま
れた状況で、万引きとか年金を不正に受給することでかろうじて生活を成り立たせている家族という
ものの中に、そういうテーマ、モチーフを持ち込んでみようと思ったのが今回の映画になりました」
といっている。
確かに家族をめぐる事件といえば、平成22年、東京足立区で111歳とされていた男性の白骨が
発見され、30年以上も前に死亡していたのに、死亡届を出さず、家族が年金をもらい続けていたと
いう事件があり、そのあと静岡、香川、愛知などでも同様の事件が起こり、その後も死体遺棄、年金
不正詐取事件は続いて起こっている(弁護士ドットコム)。また万引きの年間被害額は日本では461
5億といわれ(2014年版『犯罪白書』)これは世界でも2番目に多い被害損失額である。日本では
全国のどこかの店で1時間に5000万円の万引き被害が発生していることになっている。また、親
族間暴行事件は6148件とここ10年で3・8倍と増加を続けている(2016年警察庁統計)。そ
して、児童虐待についての、児童相談所での対応件数は平成11年と比べると10倍の10万件を超
えているという速報値もある(厚生労働省、児童虐待相談所対応件数速報値)。
この映画の家族は、血のつながりはないが、今の日本で起こっている家族をめぐるこれら種類の事件
のすべてにかかわってきている。私は映画を見て彼らの結びつきや絆は、血のつながりがあるなしにか
かわらず、十分にありうることだと思った。そして彼らがこれらの犯罪性のある事件に巻き込まれてい
く過程は、深刻極まる事態に追い込まれて遂にやむなく実行する環境にあった、と、いうよりは、生き
物として、生きていく上で本能的に犯罪や事件に自然にかかわっていったという感じが強いと思った。
このことは彼らが特殊な世界の人たちではなく、私たちの生きているのと同じ世界に彼らがいる。そし
て彼らの巻き込まれた犯罪や事件に、私たちが、何かのきっかけで入っていってしまう可能性も十分に
あるのではないかと思えた。例えば今、貧困×認知症×暴力=「高齢者犯罪」の拡大が現実となってい
る、ともいわれている。私は家族をめぐる事件が増えている日本の現状を見て、この映画の物語から私
たちの家族の在り方や先行きを考えると、どこか底知れず不安で恐ろしく感じさせるものがあるように
思って、映画を見終わった。
この映画の全国の公開日は6月8日であった。その全く同じ日に、九州佐賀北署は、「万引家族」とし
て福岡市城南区七隈6丁目の無職の父親46歳と長男24歳ら親子4人を現行犯逮捕したと発表した。
一家は圧力鍋など計5万3千円相当を万引きした。万引した商品は転売し、それで生計を立てていたと
みられている(西日本新聞)。
(平成30年7月1日)