緑の松林が危ない   宙平氏  平成19年10月17日投稿
From Chuhei
 
 
これは、石川県加賀海岸のオリエンテーリング用地図です。白いところは
松原ですが、松食い虫のため伐採された薄黄色のところや、薄黄色のブルト
ーザーのわだち路が入っています。実際はもっとわだち路があります。
△からスタートして、番号順に回り、◎にゴールします。
 
 
 
リレー競技の220歳チームで、第一走者から第二走者へのタッチです。
 
 
下は地元の人々による、伐採された松林跡の植樹祭です。
 
       
 
 
 

 

 

緑の松林が危ない  

 

 

 日本の国は松の国。

   見上げる峯の一つ松、

   はまべはつづく松原の

   枝ぶりすべておもしろや。

   わけて名におふ松島の

   大島小島、その中を

   通ふ白帆の美しや。

 

 これは、昭和七年に制定された尋常小学校の唱歌である。私も歌った覚えがあるが、

海に囲まれた日本の国は浜辺に続く松原にも囲まれた美しい国だったのだ。しかしなが

ら、時代と共に海岸から松原は次第に姿を消し、残っている場所は貴重な存在となった。

 

 ところが、その貴重な存在をゆるがす松食い虫の被害が、今になってさらに急激に増

えているのである。私がそれを実感したのは今年の一〇月七日(日)、北陸本線大聖寺

駅に近い、石川県の加賀海岸で行われた全日本リレーオリエンテーリング選手権大会で

あった。

 

 加賀海岸は国定公園に指定された自然海岸で海岸線の延長は一六・五`。面積は一六

七七万平米ある。このうち七二八万が自然休養林として、二千万本のクロマツが藩政時

代から植えられてきた。この美しく広い松林の起伏を利用して七年前から、オリエンテ

ーリング競技が行われてきた。私も何回かこの場所で競技をしたことがあるが、路が少

なく松の枝の交差する下を、コンパスの指し示す方向に真っ直ぐに進むことの出来るす

ばらしい場所であった。

 

 今回の大会の前日、開会式の後で主催者側から突然、「明日競技が行われる松原に松

食い虫にやられた松を除くために、ごく最近ブルトーザーが入って、そのためにあちら

こちらに、わだち路が出来ている」という話しがあった。オリエンテーリングには最新

の情報が書き込まれた特別の地図が必要である。

 

 そこで、主催者側としては、それぞれのクラス毎に、コントロール(目標のフラッグ)

の場所を示した地図を用意していたが、急きょ、新しくわだち路を書き加えた地図を作

ったという。それでも、「松食い虫被害の進行が急速で、それを取り除くブルトーザー

の侵入が毎日あるので、わだち路を地図に書ききれない部分もある。そして、この大会

の日は、ブルトーザーは休んでもらっている」という説明があった。

 

 その翌日、競技は三人で組むリレー形式で行われた。私は男子六五歳以上(女子五〇

歳以上)のXVクラスに、七二歳の辻村さんと同じ七二才の笠井さんと組んで第三走者

として参加した。七六歳の私を加えると、合計年令二二〇歳のチームであった。このX

Vクラスには八チームが参加した。

 

 午前一〇時五〇分、各チーム第一走者一斉に松林に隣接した会場である小学校の運動

場をスタートした。辻村さんも元気に走っていった。私はわだち路がどうなっているか

気になっていた。待機している選手は松林には入れないからである。五三分五一秒の後、

辻村さんが会場に帰ってきて、第二走者の笠井さんにタッチした。その時点では、XV

クラスの五位であった。他のチームは六五歳に近い年齢の選手を集めているので、七〇

歳台のチームとしては、この順位は仕方ないと思った。

 

 早速、帰ってきた辻村さんに松林の状況を聞いてみると、思った以上にひどい。伐採

された部分が大きく増えていて、わだち路が、松林の中を長く貫いて通っている、とい

うことであった。やがて、笠井さんが五四分七秒で帰ってきた。タッチして、いよいよ

第三走者の私がスタートした。

 

少し走って、地図置き場から私の地図を取った。地図に表示されるコントロールの場

所は、走者毎に異なる。勿論それぞれのクラス毎にも異なる。私の地図のコントロール

の数は一二あることが、そこで初めて分かった。すぐに海岸へ向けての坂道を下り、@

の「凹地の東」と説明の出ている所を探した。ところがそこには、わだち路があるだけ

で、凹地などは全くない。探しているうちにやっと、ブルトーザーで元の凹地は埋めら

れているのだと感じた。@はわだち路の横にぽつんとあった。地図から受けるイメージ

とはかなり違う。Aは「コブの北東」という説明である。ところがコンパスの指し示す

Aの方向には真っ直ぐわだち路が通っている。これではまるでわだち路走り競争ではな

いか。それに、わだち路は凸凹で砂土が軟らかく走りにくい。

 

 Bの「凹地の北東」もCの「尾根」も殆どがわだち路走りであった。Dの「尾根」で

やっと本来の松林の感じになって、微地形を地図で読み取って探す面白味があった。E

「尾根」はなんと松食い虫でやられて荒地となった場所の端。F「沢」にはまた別のわ

だち路が出てきた。G「コブの上」もわだち路の走り、Hの「人工特徴物」は会場の端

にあり、そこで仲間の声援を受けて再び松林へ、Iの「尾根」へはなんと切り倒された

松の残骸がゴロゴロしている広場を通った。また倒した木を刻んで、積み上げたチップ

の山も見えた。J「穴」へは初めて松林の中の直進らしい直進をした。すこし行き過ぎ

たが、最終のKの「テラス」にはチップを敷き詰めた路を走ってチェックしてゴールへ

向かった。結局、私は直線距離で三・六`を一時間一二分五五秒かかった。そして三人

の合計は三時間五三秒となって、私達の二二〇歳チームは、XVクラスでは八チーム中

の五位となった。

 

 私は今回、競技の順位や時間よりも、あの美しかった加賀海岸の松林が急速に荒れ果

てていることに、強い危機感を感じた。これは、決して快適なオリエンテーリングが出

来なくなるという次元だけの問題ではない。日本の自然が病んでいるのである。日本か

ら松林が無くなるかもしれない。

 

 松食い虫の被害は、マツノマダラカミキリに寄生するマツノザイセンチュウが病原体

となって発生する。特に被害が目立ってきた要因として、温暖化による高温と少雨で、

カミキリの活動が活発になった結果であると、言われている。日本では昔、一番最初に

長崎県で被害があったとされるが、その後、北上を続け今は秋田県にまで及んでいる。

 

 そして被害を受けた木をそのまま残すと次の木に移るため、石川森林管理署で今行わ

れているように、松林にブルトーザーを入れ、切り倒して薫蒸して消毒をしているので

ある。

 

 また、地元の加賀市では、切り取られた松林の後に、市内の小学生やボランティアに

より、十二種類の苗木の植樹を行っている。そのまま放置すると、やがて塩害や、砂の

害が村の田畑に及ぶからである。この大会の開会式の挨拶に出た市長の話によると、松

食い虫に抵抗性のある海外種の松の苗木がよいとのことであった。しかしこれらの苗木

は夜間に出没するタヌキの被害を受けている。そして生育には長い年月がかかる。

 

 私は今回の荒れ果てた松原を走った体験から、あの白砂の浜辺に続く、緑の松原の復

活を心から願った。そして世界的な気候変動の影響による生態系の変化が、この加賀海

岸にも及んでいることを強く実感した。

 

 生態系の変化は、美しい風景を破壊するだけではなく、様々な悪い影響をその土地に

及ぼし、やがて、自然の美しさに感動する人々の心までも破壊してゆくことになるので

はないかと、私は怖れている。

 

 

 


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