From Chuhei
 
 
 

守りきれない大空

 

 

半月の間日本を離れていてニユージーランドから帰国した5月のある日、テレビを見ていて

驚いた。内閣官房国民保護ボータルサイトという画面が現れ、ミサイルが落下する恐れのあると

きは、携帯電話等にJアラート(全国即時警報)が鳴る、直ちに頑丈な建物か地下に避難、建物

がない場合は地面に伏せて頭部を守ること。とあった。その後、ネットを見たとき、国民保護サ

イレンがミサイル等による危険が迫った時に鳴り響くようになったとして、動画のボタンを押す

とブオーと不気味な暗い音が鳴り続けた。世界一平和な国と思っていた日本はここしばらくの間

に、物騒な国になってしまったものだ、と私は思いながら、先の大戦中の警報のサイレンの音を

思い出していた。

 

その後、北朝鮮の日本海に向けて発射するミサイルは5月に3回、6月に 1回、7月4日に

は弾道ミサイルと思われるものが発射され、続いて7月28日深夜に発射された長距離弾道ミサ

イルは、3500`を超える高度に達し約45分にわたって飛行したあと、奥利尻島の北西15

0`の日本の排他的経済水域内に落下した。

 

私はいよいよ、Jアラートが鳴り響く時が、近づいてきたな、日本の防空体制は大丈夫なのか、

と、思った。そして、無惨にも総崩れとなった先の大戦での日本の防空体制のことも合わせて考

えることにした。

 

そこで、爆撃や機銃掃射など空からの攻撃にトラウマの ある私のクローン君(同一人間)を呼

び出して対話を始めた。

 

「おい、昔の防空警報のサイレンの音を覚えているか」

 

「よく覚えている。3分間鳴りっぱなしが警戒警報、いよいよ敵機が迫ると空襲警報、これは4秒

鳴らして8秒休止、これを5回繰り返した、嫌な音だった」

 

「あれはどういう判断で、誰が決めていたのだろう」

 

「当時の防空法施行令によると、警戒警報は、航空機の来襲のおそれある場合。空襲警報は航空機

の来襲の危険ある場合、となっていて、『おそれ』と『危険』を判断するのは、当該区域の防衛を担

任する防衛司令官(師団長、鎮守府司令長官)となっていた」

 

「しかし、戦争末期占領されたマリアナ基地などからB―29の編隊が次々飛来し、艦載機がしば

しば機銃の音を響かせるようになって危険状態が続くと、警報も鳴り続け、しまいに、あまり役に

たたなくなっていたのではないか」

 

「たしかに、大戦末期は警報よりNHKのラジオ放送が役に立った。放送の途中でブザーが鳴り、

中部軍管区情報と2回繰り返した後、

『敵機の編隊は紀伊水道を北上中、間も無く大阪湾上空を経て、阪神地区に達するものと思われま

す』など具体的だった」

 

「西宮空襲の時も『敵機は西宮を空襲中』と何回も繰り返す放送を聞いて、家族5人家を離れて逃

げ出すことが出来た。ラジオは家とともに、燃え失せてしまったけどね」

 

「西宮の空襲でも、市史をみると、5回あった、と書かれている。これを読むと空襲警報は西宮で

は5回だけ鳴って、それだけの爆撃のように思ってしまう。しかし実際は戦争末期、B―29が近

づいても、通過しても警報が鳴り、たえず艦載機が飛び交って機銃掃射をしていたから、毎日、空

襲があったような思いだった」

 

「アメリカ軍の空襲の実態も、想定されていた爆撃と大きく違っていたなあ、ものすごく大量の爆

弾の塊が、広い範囲に降り注いでくるなど想像もできなかった」

「そして、日本の防空体制を信じて『護れ大空』と叫んでいたな」

 

防備は固し 十重二十重

照空燈や 高射砲

聴音監視 阻塞網

空に帝都の 砦あり

護れ大空 帝都の空を

護れ大空 帝都の空を

 

警報闇に 高鳴れば

燈火管制 厳かに

見よ不死鳥の 我が浄土

防護いたらぬ 隈もなし

護れ大空 我らの空を

護れ大空 我らの空を

(作詞 町田敬二 作曲 江口夜詩)

(昭和8年)

 

「日本の本土が本格的な爆撃にさらされるのは終戦の年の3月以降だな。マリアナ基地発だけで

もB―29の出撃総機数は延31000機、その内撃墜したのは約300機と言われている。日

本の迎撃機も最初は対抗し、時には体当たりをしていたが、沖縄戦が終わった6月以降は迎撃を

止め、爆撃の前に機体保持のために、逃げ出すようになった。撃墜したのは高射砲によるものが

多い。私も西宮上空で着弾して、バラバラになって落下してくるB―29を目撃した」

 

「市街地を焼き尽くすナパーム入り油脂焼夷弾の大量爆撃では、バケツリレーの訓練も、火たた

き棒も防火用水も役に立たなかった。燈火管制も、最初に照明弾を落として市街地を見定めるか

ら役に立たない、住宅地内の防空壕では熱気で蒸し焼きになる。雨のように落下してくる焼夷弾

に直撃されないように、身体をかわして、ただ逃げることだけだった」

 

「さて、72年前の空襲と違って、北朝鮮からのミサイル攻撃となると、Jアラートが鳴ってサ

イレンが響いてから、逃げる時間があるのだろうか」

 

「2016年2月7日、北朝鮮西海岸の東倉里(トンチャンリ)から発射された弾道ミサイルは

約10分で1600?離れた沖縄県先島諸島上空を通過している。しかし10分とは決めつけら

れない。ミサイルの種類、発射方法、発射場所により、もっと到着の時間は早くなる可能性が

ある」

 

「ミサイルが落下した後で、Jアラームが鳴っても意味はない。避難する時間はあるのか」

 

「発射されたミサイルを探知するのはまず、アメリカ軍の軍事衛星だろう。海上自衛隊のイージ

ス艦にも情報は伝わる。まず日本の防衛省に伝達され、そして、首相官邸の危機管理センターに

伝わり、そこから消防庁に伝達され、ここでJアラートのシステムが起動して、その地域の自治

体に伝達され、地域の防災行政無線を通じて住民に伝わることになる」

 

「この伝達する時間が仮に数分以上かかるとしたら、退避する余裕の時間はあまりないと思う。

先の大戦中、1トン爆弾が放たれて落下してくるまでの、あの息詰まる時間を思い出すよ。落下

する場所の周辺では、ゴーという音が響き渡ると、もう足がすくんで動けなかった。直ぐにその

場で、出来るだけ姿勢を低くして爆風を避けるようにして、両手の親指で両耳を押さえ、両手の

ひらと残りの指で両目を押さえ、目玉が飛び出さないようにするより他に方法がなかった」

 

「少しでも動けるなら、頑丈そうな建物、できれば地下、それがなければ溝のような低い場所に

入って、身を守ることだ。国は、自民党で新設も含めシェルターのあり方を検討する、と提言し、

二階幹事長も各地域で大きな防空壕を作ることが出来るか対応を考えると言っているが、Jアラ

ートが鳴って、すぐに防空壕までどうやってたどり着けるのかが問題だ」

 

「小野寺防衛大臣は防衛白書で、北朝鮮の核・ミサイル開発能力向上について、新たな段階の脅

威に入ったとして、我が国を射程に入れる新型弾道ミサイルが配置される可能性が考えられると

警告を出した。またミサイルを一層高い高度に打ち上げる技術が向上し、潜水艦からの発射や、

一斉発射など発射形態の多様化が進んでいると分析している。また核をミサイル弾頭につける技

術が実現されている可能性もあるとしている」

 

「そういえば、今年の8月8日に報じられたアメリカ国防総省の分析でも、核弾頭をミサイルに

付ける小型化は既に成功していると見ている。そして、北朝鮮が本格的な核保有国になるための

境界を越えたとも言い出している。こうなっているとすると、北朝鮮はもう決して核兵器を手放

すことはないだろう」

 

「核弾頭攻撃、多数ミサイル一斉発射攻撃、潜水艦からの攻撃、北朝鮮が多様な攻撃能力を持っ

てきていることは間違いなさそうだ」

 

「このような北朝鮮に対して、アメリカのトランプ大統領は『これ以上の威嚇行為を行わないこ

とが、北朝鮮にとって最善の策だ』として『世界がこれまで見たこともない炎、怒り、率直に言

えば力を受ける事になる』と核攻撃をほのめかすようなことをいっている」

 

「その発言からすぐ後の8月9日の朝に、北朝鮮軍のミサイル担当戦略軍の声明として、アメリ

カ領のグアム島周辺に向けて中型弾道ミサイル『火星12』を4発同時に発射し、グアム島を包

囲するように海上水域に落下させることを計画して、8月中旬までに発射台を立て、金生恩(キ

ムジョンウン)朝鮮労働党委員長の命令を待つとしている。そしてその時日本の島根県、広島県、

高知県の上空を通過するとはっきり言っている」

 

「それに対し、小野寺防衛大臣はコースを外れて日本に落ちてきた場合を想定し、中国四国地方

の4箇所の陸上自衛隊駐屯地に、地上からの迎撃ミサイルPAC3を展開して、相手ミサイルの

破壊措置命令を出した」

 

「その場合、日本がもし相手ミサイルを打ち落とすか攻撃すれば、北朝鮮は直ちに日本が宣戦布

告したとみなして、その発射した基地に報復攻撃をすると言っているぞ」

 

「小野寺防衛大臣はアメリカ領に向かって発射されたミサイルを迎撃することは、日本が集団的

自衛権を行使できる存立危機事態に当たる可能性がないとは言えないと言っている。要は、日本

の存立にも影響を与えるアメリカの重要施設を狙って発謝されたミサイルを打ち落とすことは、

法制上では可能と考えているということだ」

 

「果たして打ち落とせるのか」

 

「日本海の日本のイージス艦から、艦対空迎撃ミサイルSM―3で迎え撃つ、撃ち漏らしたら、

陸上陣地上空で迎撃ミサイルPAC3を打ち上げて防衛することにはなっている。しかし、今回

の北朝鮮のミサイル『火星12』は最新の性能が有り、高度、スピード(マッハ数)に対して、

SM―3、PAC3では対抗できないともいわれている。それも、4発同時に飛来するのだから、

今回、打ち落とすことは実際には難しいと思うよ」

 

「昔の防空体制の歌『護れ大空』の『護りは固し 十重二十重』のようにはいかないか」

 

「昔、あれだけ防空体制を固めていても、上空の制空権は奪われ、大編隊のB―29爆撃、ナパ

ーム入りでクラスターされた油脂焼夷弾の大量爆撃、1d爆弾の集中投下、原子爆弾の投下など

の想定外の事態が次々起こり、大空の護りは見事にくつがえされ、どうしょうもなく、多くの犠

牲者が出る中、ただ逃げ回るだけだった。まして、今はミサイル攻撃の時代、大空をまもりきる

ことは本当に難しい」

 

「どうすればよいのだろうか」

 

「トランプ大統領は、北朝鮮のグアム島包囲射撃の予告に対し『金正恩がグアムで何をするか見

てみよう。何かすれば、誰も見たことがないようなことが北朝鮮で起きる』として、『もし北朝鮮

が愚かな行動をとった場合、軍事的な解決の方法は完全に整っている』と言っている。このような

即時攻撃をほのめかす脅しのやりとりは、互いに敵対意識を高め合い、大変危険だと思う」

 

「冷静になって、まずは『平和な大空をまもる』話し合いを始めるべきだと思う。朝鮮半島、日本

列島、そして太平洋の大空には勝手にミサイルを打ち込まないことをお互い約束することだ。それ

ぞれが、その大空の平和をまもり維持することは、その下に住む住民にとって必要不可欠だからね。

いかなる場合でも、絶対にミサイルを通過させない平和な大空の範囲を決めて、お互いにその約束

を守るという会談を、直接トランプ大統領と金正恩委員長の間でまず、すべきだと思う」

 

「平和をまもることは、人類の長い歴史の間に、ようやく獲得した『叡智』だと思う。いまその

『叡智』をもたなければ、一国のリーダーは務まらない。『平和な大空をまもる』会談の橋渡しを、

日本の安倍首相はなんとしても、ひきうけるべきだと、私は強く思う」

 

 

(2017年8月12日)

 



 

 

 

8月29日、5時28分、平壌の近くの順安空港から弾道ミサイル『火星12』が発射された。

6時7分、日本の北海道襟裳岬上空を通過、6時12分頃、襟裳岬の東1180`の太平洋上に落

下した。Jアラートが発動し、北海道、東北、北陸、北関東で6時2分警報が鳴り(鳴らない所も

あった)、新幹線や在来線なども運転を休止した。発射についての事前の通告は全くなかった」

 

「金正恩委員長は、このミサイル発射の現地指導をして、これはグアムを牽制する前奏曲だと言っ

ている。そして、太平洋上に向けた試射を今後も多く行うように指示をしている」

 

「これからどうなるのか」

 

「これからも、日本領土の上空を、予告もなくミサイルが飛び越えて行くことだろう。自由に飛び

越えさせている国は、アメリカでもなく韓国でもなく、日本だけということになる。パリ国際航空

条約は全ての国は領土の上空に対して排他的な主権を持っていると明示している、しかし領空の高

度範囲は国際法で定義されておらず、通常は航空機が飛ぶことのできる上空100`程度を領空の

範囲とされている。今度のミサイルの最高の高度は550`上空とされているので、通過するミサ

イルをどうすることも出来ないだろう。その都度Jアラートだけが鳴り響く状況が続く」

 

「防衛省はアメリカから、ミサイル迎?システム『イージスアショア』2基を入れようとしている。

本体価格だけで1600億円、その上必要な設計費などは未定なままだ」

 

「それを入れても、同時多発的に大量発射された場合は完全に打ち落とすことは無理だといわれて

いる。そしていくら迎?システムを揃えても、北朝鮮はミサイルの発射を止めないだろうし、大空

は守りきれない」

 

「核兵器を手放さない北朝鮮と、会談や交渉が出来るのか」

 

「北朝鮮を核兵器保有国として認める、という意見もあるが、北朝鮮の考え方は朝鮮半島全体を、

韓国も含めて核の力で将来支配していこうという意図があり、簡単には認められない。そうかとい

って核保有を止めさせる話は、今、絶対に北朝鮮は応じないだろう。しかし相互のミサイルの不可侵

入地区協定の話し合いならば、日本と韓国が動きトランプ大統領が呼びかければ可能になると思う」

 

「安倍首相は『一層の制裁を』と叫んでいるが、今はもうそんな抽象的な事を言っている場合ではな

い。具体的には中国丹東郊外の原油貯蔵所から、北朝鮮平安北道白馬里の化学工場まで鴨緑江を横切

って送り込まれるパイプラインからの原油を止められるのかどうかということだ。年間50万トンを

超えるこのラインの原油は北朝鮮の生命線と言える。北朝鮮を滅亡させられない中国は、このライン

を止めることはないだろう」

 

「制裁にも限界があり、日本の大空も完全には守りきれないとしたら、まずはアメリカを動かし、ミ

サイルについての相互の話し合いを開始すべき時が、今正に来ている」

 

(2017年9月2日)

 

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宙 平

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