席を譲られましょう 松田 龍泉 平成20年6月16日投稿 |
席を譲られましょう 松田龍泉 |
大阪地下鉄の車内の優先席のコマーシャルに良いタヌキが出ています。昔話のタヌキはずるくて、悪賢くて、自分勝手なことばかりする憎まれもので、最後には懲らしめられる悪役でした。しかし、このタヌキはお年寄りに席を譲る良いタヌキです。シルバーシートから始まり、優先席に発展し、全席優先席という動きもある特別席。これをめぐる、小さなお話です。 客の乗車マナーが悪くなっています。整列乗車を守らない。降りる人が済む前に乗り込んでくる。出入り口に陣取って、降りる人が来ても、ぐずぐずと道を開かない。席に座ると二人分取って座る、隣に荷物を置いて人が座れないようにしている。座席でも、立っていても化粧している。物を食べる、飲む。ドアの前にへたり込む。 座席に一人ずつ座らせるために、シートの席に堰を作ってあるものも出来ています。これも「すいている時ゆったり座ろうとすると、高い部分が具合悪い」と文句を言う輩もいるとか・・・。優先席に二人分もとって座り、席を譲るべき人がきても何の反応もしめさない人も多くいます。 優先席はシルバーシートと言うネーミングから、日本に昔からあった敬老精神を電車の座席に表したものでした。その後、身体の不自由な人、妊婦さんなどに広げられていきました。このような座席が特別に作られた背景に、現代日本の人間関係の希薄さを現しているような気がします。 よく知り合った同士では、お年寄りでなくても、年長者や座らせたい人に席を優先する光景はよく目にします。母親と息子か娘が一緒のとき、母親からすわらせるでしょう。妊婦と一緒の夫は妊婦を優先させるでしょう。 こども連れのお年寄りが席を譲られると、子供を座らせる人が多くいます。席を譲った人は、お年寄りに席を譲ったつもりなのに、なにか裏切られたような顔をしますが、たいていはそのままにしています。こどもは立たせておくほうが、平行感覚の発達、足腰の鍛錬になるのですが、これを間違って?いる人が多いようにおもいます。 日常よく見かけるのは、一つの職場に居るらしい一団の男女、黒っぽいビジネススーツに身をつつんだ数人が、電車に乗ってきたとき、それ程年寄りではないが、その中の年長者、課長、部長とおぼしき人に席をすすめている光景をよく目にします。また、その人も当然のように座わり、その人のまわりで、会話がはじまります。 ある日、小柄なおばあさんが乗ってきました、足もおぼつかないのか、片手に杖を持っています。もう片手には、信玄袋の紐を切符と一緒に握り締め、その手で、扉脇の手すりをしっかり握っています。車内は座っている人より立っている人の方が少し多い様な状態でしたが、立っている人は、出入り口付近に多く集まっていました。入り口から、3人目位の若い女性が席からおばあさんに声をかけました。でも、おばあさんは振り向きもしません。若い女性は席を立ち、2〜3歩あるいて、おばあさんにもう一度声をかけました。 おばあさんははげしくかぶりをふってことわります。どうも、奥へ入ると降りる時に、降りにくいことを心配している様子です。その脇にはおばさんが、その隣には若い女性が座っていました。おばさんはその様子を見てはいますが、なにもしません、その隣の女性は本を読んでいて、全く無関心を装って?いました。 お二人が席をずらせてあげればおばあさんも座るだろうと思うのですが、だれも、何も言わずに眺めているだけでした。若い女性はいたたまれなくなったのか、そこをはなれて、隣の車両に移っていきました、気まずい雰囲気がただよっていました。女性の譲った席は、周りのひとも座るわけにいかず、空いたままでした。しばらくして後ろ向きになっていた若い男が空席に気づいて座りました。みんな、そのほうは見ないように無関心をよそおいました。 始発駅から、二つ目位の乗り換え駅でのことです。髪に白いものが混じったご夫婦が乗ってきました。平日なのにネクタイもしていない服装から、もうリタイアして、悠々自適のご夫婦が、ぶらっと観光地にお二人で出掛けられた帰りと見受けられる様子でした。 夕方のラッシュアワーで、車内はかなり混んでいました。そのご夫婦は入り口の混雑をさけて、中へ入って優先席の前へきました。そこには、始発駅で並んで座った人たちがいました。その中の中年の、髪ならば立っている人よりかなり少なくなっている、サラリーマン風の男性が立って席を譲りました。 ご主人は少しとまどいを見せましたが、礼を言って奥様を座らせました。すると、その隣の若い女性も、男性に先をこされた戸惑いの表情を少し見せながらも立ち上がり、ご主人に席をゆずりました。ご主人は、とんでもないという風にかぶりを振り、しばらくは座りませんでした。その女性は人ごみをわけて、隣の車両に行ってしまいました。ご主人は仕方ないというそぶりで座り、目を閉じて疲れているように装っていました。 初老の男性は、席を譲られることに抵抗を感ずるようです「おれはまだそれほど老けてはいない」との自負があるのでしょうか?席をゆずられる人にも抵抗感があって、素直になれない気持ちも判る気はします。 けれども、席を譲る人の気持ちはどうでしょうか。席を譲る人はそれほど多くはありません。「お年寄り、身体の不自由な人、妊婦さんに席をゆずりましょう」と書いてある席でなくても、その人たちはすすんで席を譲る人たちです。けれど、席を譲る人も心の葛藤があるのです。仕事が快調で気分の良いときなら気持ちよく、疲れている時ほど、品格が試される心の葛藤があるのです。席を譲るのはとても勇気がいることなのです。偽善者とおもわれないか?この人は快く席に座ってくれるだろうか?このあいだの様な気まずいおもいをしないか?などと心の中での葛藤の末席を譲ったら、辞退されるとなにか、相手に失礼したのか?となにか恥ずかしいことをしたような思いになることもあるのです。素直に「有難う」といって座ってくれると、良いことをした、と少し英雄になった気持ちになるものです。 席を譲られたら、気持ちよく、感謝をこめたまなざしで「有難う」と礼を言って座りましょう。席に座ると照れくさいのか、照れ隠しに澄ましこんで「最初から座っていた・・・」というような顔をする人も多くいます。また、眠ったふりなどをする人もいます。そうでなくて、さりげなく「私はどこそこで降りますが、どちらまで・・・」などと、声をかけましょう。声をかけるのがむつかしければ、(あなたは良いことをしましたネ!あなたにも、きっと良いことがありますヨ!と部下や子、孫をほめるような気持ちで)暖かいまなざしを相手におくりましょう、相手が先に降りる時は、微笑して会釈しましょう、自分が先に降りるときには、お礼の気持ちをこめて、会釈くらいしましょう。 他人に席を譲ることは、譲るほうも、譲られるほうも、ささいな事のようですが、その対応が難しいものなのです、それをお互い素直にできれば、ギクシャクしている世の中にこんなほのぼのとした、心あたたまる、小さなひとときがもてるのは素敵だとお思いになりませんか? 席を譲られたら、素直に感謝の気持ちで席を譲られましょう。 |