From Chuhei
 
かって、英人宣教師エディス・リーさんのお宅があった付近の写真です。
 
1945年6月5日の空襲で神戸の街は、一面の焼け跡になりました。
 
   
 
敗戦後、占領軍は虱を撲滅し伝染病を防ぐために徹底してDDTを散布しました。
 
左のように筒から粉末を散布しました。右は子供たちの頭に一斉散布している
ところです。髪の毛が白くなっています。
 
     
 
 

     

 


ーレオノラ・エディス・リー「戦中覚え書」−

 

 

 日本が英米に宣戦布告した194112月8日からしばらくしたある日、神戸

に敵性外国人として在留していた英人宣教師リーさんが家の門の脇にあるゴ

ミ箱に物を捨てに行くと、そこに小柄な重苦しい顔つきの日本人の女がゴミ

箱を覗き込んでいたのです。

 

「ゴミ箱も昔とは変わったな。これじゃ生活の足しにならんわ。誰もなにも

捨てへんのやから……。

 息子が二人とも召集されてしもてなぁ。政府は月に19円くれるけど、そ

んなものすぐに消えてしまうわ。誰も養ってくれる人もない一人ぼっちや。

そやからゴミ箱を漁って回ってるんやけど」といったのです。

 

 リーさんは少しお金をあげました。女は両手を合わせて、何回か「南無阿

弥陀仏」をとなえました。

 

 二、三日して女は現れ、卵を買わないかといいました。当時卵は大変な貴

重品だったのです。その後、彼女は食糧はじめ下着・ストッキングなど持ち

込んできて、要らないものは敵国人食糧配給センターで売りさばいてほしい

といって置いて行きました。こうして、リーさんと西川婆さんとの戦争中の

友情ある交流が続いたのです。

 

 当時の日本は米をきっかけに、衣料その他の食糧、砂糖・味噌・醤油・大

豆・酒・タバコ・マッチに至るまで配給統制が実施され、次第に厳しくなっ

てゆき、お金があっても物が買えなくなりました。配給だけでは生きていけ

ませんので、闇の取引がはびこっていたのです。西川婆さんは闇の流れに入

りこみ必死に生きようとしていたのだと私は思います。

 

 しかし、その商品源も底をつきはじめました。今度はリーさんらの、敵国

人の持ち物や衣料などを、西川婆さんが売るようになりました。戦争が長引

くにつれて二人ともガリガリに痩せていきましたが、お互いに頼り合ってい

ました。

 

 1945年6月5日の神戸空襲で街は一面の焼け野原になり、リーさんの家も

焼夷弾が落ちましたが、奇跡的に焼け残りました。焼け出された敵国外国人

10人が避難してきました。

 

 しばらくして、死んだようになって西川婆さんが現れました。焼け野原か

ら辿りついたのです。「お宅の石炭小屋で寝てもいいですか」というなり、

むしろを炭の粉の上に敷きぐったりと横になりました。着るものはぼろぼろ

で、不潔でぶるぶる震えていました。婆さんはここに住み、配給をもらうた

めに隣組に登録しました。隣組の会長が確認に来て、リーさんに「あなたは

敵国人だ。なぜああいう者を入れたのか」と聞きました。助けてくれていた

などいえば、利敵行為者として、婆さんは警察に通告されます。「お年寄り

の気の毒な人だからです」とだけいったのです。

 

 ところが、婆さんにたかっていた虱が石炭小屋から壁の割れ目をつたわっ

て、家に避難していた二人のアメリカ女性の身体に巣食ったのです。

 

 戦争末期、多くの日本人は虱に取り付かれました。私は電車の中、学校な

どで常に虱を警戒し、見つけるとつまんで爪で潰していたのです。  

 

 虱はその国民の生活がどん底に落ちたときに広がって、その髪や体の毛や、

下着に巣食います。このどん底から立ち直るのに、人々はまず虱を撲滅する

事から始めたのです。

 

 敗戦後、占領軍は虱を嫌い、徹底的にDDTという粉末の薬物を、日本人

の全身に振りかけました。駅にも学校にも、家庭にも米兵が来て筒から粉を

発射し、女の人の髪の毛が真っ白になりました。私も何回かパンツの中まで

やられました。今、DDTは危険な薬物として使用が禁止されています。

 

 さて、リーさんたちは虱との戦いを、外国人全員で始めました。その時そ

こにはDDTはありませんでしたから、恐らく一匹ずつ爪で潰していったの

でしょう。そして虱は一匹もいなくなり、ほどなく戦争は終わりました。そ

して突然西川婆さんはいなくなったのです。

 

 しばらくして、孫だと言う少年がやってきて、「おばあちゃんは亡くなり

ました。それをお知らせしたいと思って……」といいました。

                         (090712

 

 

■■◆      宙 平
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