トゥーランドット



From Chuhei
 
 
歌劇トゥーランドッドのポスターです。
トゥーランドッドの曲で演じた金メダルの荒川静香と
そのイナバウアーの演技です。
 
 
 
 
 
トゥーランドット     
 
 
  トリノオリンピックの開会式で、ブッチーニの歌劇トゥーランドットの
 『誰も寝てはならぬ』が歌われた。歌ったのはテノールの世界三大歌手と
 言われているルチアーノ・ババロッティだった。私は開会式のテレビでこ
 の歌を聴いたが、その時は、まさかこの曲でフィギュア・スケートの荒川
 静香が滑り、金メタルに輝く演技をするとは思ってもみなかった。
 
 しかし、七十歳を超えたババロッテイが、力強く歌う奇妙な題名の歌に
惹かれた私は、歌劇トゥーランドットとは、どんな物語なのかを調べてみ
た。
 
  トゥーランドットとは、昔あった国の名前からトゥーラン国の王女とい
 う意味だという説もあるが、ブッチーニの歌劇では、伝説の古代中国北京、
 その王の娘の名前となっている。
 
 このトゥーランドットは絶世の美女で夫となる人に皇位継承権が与え
られる。そこで、多くの男たちが求婚するが、しかしそれには彼女の出
題する三つの謎を解かなければならない。解けない場合はその男は斬首
される。歌劇では、子年に六人、戌年には八人、今年は恐ろしい寅年で、
もはや 十三人が首を落とした、と言うことになっている。
 
  そして、謎解きに失敗したペルシャの王子が処刑されるその場に、立ち
 寄ったのは、国が戦いに敗れ、名前を隠して放浪しているダッタン王国の
 王子カラフだった。カラフは美しいトゥーランドットを見て、求婚の謎解
 きに挑戦しようとする。ところがその場で偶然逃げ延びて来た自分の父親、
 盲目の元国王とその世話をしてきた奴隷女のリューに会う。リューは、前
 からカラフを慕っていた。そこで、無謀な謎解きを止めさせようとする。
 
♪「王子様、聞いてください ああ、王子様、聞いてください
リューはもう耐えられません 
胸が張り裂けるようです
あなた様のお名前を心に、そして声で 呼びつづけて、
それはとても長く悲しい歩みでした
もし明日、あなた様の運命が決まったら
私は放浪の果てに生きる道を失ってしまいます
ご老人はご子息を失い、私は微笑の影を失ってしまいます
リューはもう、耐えられません
ああ、憐れみを」
 
 しかし、運命に命をかけようとするカラフは、謎解き申し込みの銅鑼を叩く。
 トゥーランドットは、謎を出し失敗した男性を斬首する理由を、かつてダッタ
 ン人に攻められたとき、先祖の美しかったローリン姫が捕われ殺されたことに
 対する、男性への復讐であると宣言する。 そして、
 
 第一の謎「毎夜生まれ、明け方には消えていくものは?」
 カラフの答「それは希望です」
 第二の謎「赤く、炎のように燃え上がるが、火ではないものは?」
 カラフの答「それは血潮です」
 第三の謎「氷のように冷たいが、周囲を焼き焦がすものは?」
 カラフの答え「それはトゥーランドット」
 
 謎がすべて打破されたトゥーランドットは、父の王に「私は結婚などしたく
ない」というが、王は「約束は約束である」と娘をたしなめる。その時、カラ
フは「それでは私も一つの謎を出そう。私の名前は誰も知らない。もし明日の
夜明けまでに私の名前が解れば、私は潔く死のう」と言ってしまう。
 
  トゥーランドットは命令を下す。
 「誰も寝てはならぬ。あの求婚者の名前を探れ! 明かすことができなかった
 ら、皆死刑だ!」
  カラフは「夜明けには私は勝つ! 私は勝つ!」とその希望を高らかに歌う。
 
 ♪「誰も寝てはならない、寝てはならない
  あなたもそうだ、王女さま
  あなたの冷たい部屋でごらんなさい
  愛と希望にふるえる星を
  しかし私の秘密は私の胸にある
  私の名前を誰も知ることはできない
  そうではない、あなたの唇に私がいう、
  光が輝いた時
  私のくちづけは、沈黙の中に
  あなたを私のものにする」
 
  そこへ、元国王のカラフの父親とリューが、カラフと親しく話をしていた者
 として、捕らえられてくる。リューは、彼の名前を言えと拷問を受けるが、口
 を閉ざしたまま衛兵の剣を奪い取って自刃する。
 
  トゥーランドットは、リューの献身を目の当たりにして、その冷たい心にも
 変化が生じ、カラフの接吻を受け入れる。そして、国王の玉座の前に二人で進
 み出て「彼の名前は愛です」と宣言する。
  私はこの物語の中に、一つのチャンスに賭ける命がけの人間の執念を、強烈
 な迫力として感じとっていた。
 
 そして二〇〇六年二月二十四日、トリノオリンピックのフィギュアスケート
決勝の日がやってきた。それまでのショートプログラムでは、アメリカのコー
エン、ロシヤのスルツカヤに次いで、荒川静香は三位だった。この日のフリー
の演技ですべての勝敗が決まる。   
 
 荒川はこの日の曲を「トゥーランドット」に変えた。そして演技の始まる前ま
で、ヘッドホーンをして、他の選手の演技の音楽を聞かずこの曲に集中していた。
これは、二〇〇四年世界選手権で優勝を果たしたときの曲であった。そして開会
式でババロッテイがこれを歌ったとき、荒川は「運命を感じました」と言った曲
でもあった。
 
  私はこの日の朝、六時過ぎからテレビを見ていた。荒川はこの曲と一体となっ
 て流れ出るようにのびやかに滑った。そして跳び、しなやかにイナバウアーで反
 った。このトゥーランドットのメロディーの「誰も寝てはならぬ」に導かれてい
 るようであった。音調と体が溶け合っていた。イナバウアーはこの競技の得点と
 は関係ない。しかしこの時の荒川は得点や金メタルを意識するより、曲に乗って
 自分の最高の演技をすることに集中した。
 
  私にはカラフが命がけの謎解きを一つ一つ解き進んでいく姿と、技をこなして
 舞い進む荒川とがイメージとして重なった。「トゥーランドツト」の話の流れと
 曲が、荒川の過去の挫折を乗り越えさせ、五輪の魔物といわれる緊張を解き放っ
 たのだ。そして、その魔物に取り付かれたのか動きの硬くなったコーエンと、ス
 ルツカヤを大幅に制した。
 
  金メタルを手にした、荒川の映像に、私はクールビューテイとつぶやいた。こ
 の言葉もまた私にはトゥーランドツト王女のイメージと重なった。
 
 

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