From Chuhei
梅雨の晴れ間の旅

  全日本オリエンテーリング大会(ロング)     ―男子85歳台Aクラス― 

今年の全日本オリエンテーリング大会(ロング)は6月17日日曜日、岐阜県中津川の椛 の湖畔のオートキヤンプ場を会場として、湖の北東部に広がる山林一帯で競技が行われた。

この大会への申し込みの締め切りは5月22日までで、それまでAクラス参加希望者は選 手登録をして参加費5000円を振り込んでおかなければならなかった。私は5月半ばに 申し込みを済まし、前日宿泊場所としてJR中央本線恵那駅近くのビジネスホテルを予約 していた。心配なのは大会当日の天候であった。大会は雨でも行われるが、私の身体の状 態では、雨が目に入ると地図を読めなくなるし、急な斜面は滑って登りにくいからである。 5月の末、梅雨になったと思わせる日が続いて、台風が発生しているという情報が入り、 6月15日金曜日は雨が降ったが、大会前日の6月16日土曜日は、全国的な晴れで18 日の大会の日まで続くという予想となった。そしてそれは、久しぶりのうれしい梅雨の晴 れ間の旅の出発であつた。

16日昼前、一人でJRさくら夙川駅を出発、新大阪駅で新幹線こだまに乗って、弁当を 食べお茶を飲み終わったら、名古屋駅についた。中央本線快速の中津川行に乗り込むと、 3時半ごろ恵那駅に着いた。ビジネスホテルは5400円の素泊まりで食事なし。夕方、 駅の近くの食堂でとんかつ定食を食べ、その向かいのコンビニで明日の朝食サンドイッチ と昼食おにぎり2個とチョコレート、水を買った。すぐ近くの旧中山道を歩いて、明治天 皇行在所岩井邸の前を通り、格式高い門のある大井宿本陣跡を見て、ホテルに戻った。

 17日は快晴。7時25分発の電車に乗り、中津川駅で乗り換え、坂下駅に7時50分 についた。私の競技のスタート時間は11時23分であるが、スタート場所まで会場か ら行くのに30分、会場では荷物置き場を確保して、着替えてナンバーを胸につけ、通 過証明のため指につけるSIチップを受け取ったり、公式掲示の注意書きを読んだり、 トイレに並ぶなどで1時間半ぐらいはかかる。それに今回は坂下駅で降りてから会場へ 行くのに大会用のバスが1台用意されているが、28人しか乗れないので、往復30分 のピストン運転ではどれだけ時間がかかるかわからない。

私は坂下駅で並んでバスを待っていたが、大会スタッフが、タクシーにも乗ってくださ いと声をかけた。4人で乗って料金は割り勘したが、バス料金500円より、少し安か った。会場では大阪OLクラブの山根さん、加藤さんが来ていたので、一緒にビニール シートを敷いて、荷物を置いた。後から着いた大阪OLクラブの人たちも集まって。集 合写真を撮った。男子80歳台Aクラスの出場の、北海道の原田さん、名古屋の石田さ ん、神戸の磯部さん、山口の小畑さん等も集まってきて、挨拶を交わした。

今回の大会参加の全登録者数は790人、そのうちエリートクラス男女合わせて95名、 そのほか20歳台にはAクラス、Aクラスショート、Bクラス、また、15歳台クラス などもある。そして35歳以上の参加者は5歳刻みに男女ともクラスが分けられている。 高齢者クラスでは男子75歳Aは14名、男子80歳Aは8名、男子85歳Aは2名、 女子75歳Aは2名、女子80歳Aは3名である。日本にオリエンテーリングという スポーツが伝来して50年近くなる。そして全日本大会となると、当時は3000人位 の人が集まったと思う。当時の参加者がそのまま競技を続けていれば、今の高齢者クラ スにはもっと多くの人が参加することになる筈だ、と考えるが、実際はその間、多くの 人が色々な原因で競技の参加をやめていっている。やっと今回、85歳台Aに出る私自 身、心筋梗塞、腰痛、眼精疲労、膝の痛み、などで走れなくなり、もう止めようと何 遍も思っている。今でも、何時動けなくなるかわからない不安もある。そんな気持ちで、 今回の高齢者クラス参加の人たちを見ると、みんな歴戦のつわもので、今まで幾多の大 会参加を続け、生き残ってきた人たちばかりのように思えた。

  椛の湖はダムによって出来た湖だが周りは自然公園となっていて、青い水面を美しく輝 かせていた。スタートの地点へは、湖畔の堰堤を右回りに進み道に出て、そこから北の 山地に向かう。その途中、私は名前を呼ばれて振り向くと、男子85歳Aクラス11時 26分スタートの多摩OLクラブの高橋さんがいた。私は同じクラスの11時23分ス タートだから、彼は3分後から私を追っかけてくることになる。高橋さんは88歳、 私より1歳年上だが、2016年エストニヤでのWMOC(世界マスターズオリエンテ ーリング選手権)のスプリント85歳台金メダリストであり、今まで毎年の海外競技で も常に大活躍していて、世界的にも有名人である。昨年のニュージーランドでのWMO CとWMG(ワールドマスタースゲームズ、4年に一度のスポーツ大会)を兼ねた試合 では、走りでははるかに速い彼の失敗により、私にスプリントで銅メダルが舞い込ん できた。両大会を兼ねていたのでメダルを2つ貰い、この時は彼をうらやましがらせた、 という経過がある。

「今年の7月のデンマークのWMOCは行くのですか」と聞かれた。高橋さんはこの 大会の常連で、スプリントではいつも優勝候補である。私は行きたくて堪らない気持ち ではあるが、どうしても体調の不安もあり、今年は行くことを決断でなかった。「私は 残念ながら今年は行けないが、2021年の日本の関西で行われるWMGの90歳台ク ラスに出るのを目的にして、これからも出来るだけ大会に出ようと思っている」と答え た。そして、2021年の日本の大会には、外国、特にヨーロッパの連中のうち、80 歳・85歳・90歳で日本に来てくれる選手が何人いるのだろうか、などと話をして いるうちに、本日の大会の最高齢者の2人は最高齢クラスのスタート枠の前に到達した。

スタート時間3分前に枠に入りチャイマーの音で1分ごとに前に進み、袋から位置説明 を取り、次いで自分のクラスの地図が裏向けて置いてある前に立ち、合図とともに地図 を取って走り出す。指にはめているSIチップは、差し込んだ計測ステーションの穴か ら離れるので、そこから自動的に時間が計測される。ここで初めて今日のコースが分か るのである。男子85歳台Aクラスのコントロール(標識)数は8、地図は7500分 の1、距離2.2㌔、高さ65㍍である。坂を上り山途に出てしばらく走るとスタートフ ラッグがあった。ここが地図上に△で示されている地点である。

そこから東北東の①は茂みのある斜面の浅い穴の北のふち、私は山途を進んでどこか ら斜面にとりつくかがポイントと考えて、沢の流れのある場所から歩測して取りついた。 7分24秒でチェックした。高橋さんは9分24秒かかっていた。②はそこから東へ、 岩の北東、磁石に従い東に進んで途を横切り、そのまま茂みに突っ込めば良かったのに、 私は用心してそのまま途を進んで北の広い路との分岐まで行き、その路を南に下って茂 みに入った。茂みの中から高橋さんが路へ出て走ってゆくのが見えた。ここだけで11 分29秒かかってしまった。高橋さんは4分9秒である。③は東南へ広い沢の奥の浅い 穴、ここでも南に走る高橋さんの姿が見えたが、気にせず6分49秒でチェック。高橋 さん4分54秒。次いで南へ④の浅い穴に向かう。一面の湿地状の地上に水草が一杯に 茂っていて進みにくい。私は足を取られ11分50秒かかっている。高橋さん6分7秒、 もう高橋さんの姿はどこにも見えないが、後で時間を見ると、こんなところを走るのは さすがに速い。西南に向かって⑤の浅い穴。私は4分45秒、高橋さん3分13秒。そ こから西へ尾根たどりして路を超え⑥の浅い穴、私は5分9秒、高橋さん6分48秒。 そこから山を下ると湖の周りの広い道に出る。ここからは走れ走れ、で湖の周りを回っ て会場のゴールに向かう。⑦はその途中の空き地南西の角、私は6分10秒、高橋さん 5分6秒。湖畔を南西に走っていると写真を撮ってくれている人がいる。あれは確かO L写真家だった上林さんだ。と思う間もなく次のコントロールが見えてきた。⑧は道と 路の分岐、私は4分33秒、高橋さん4分18秒。そして、そこから私1分4秒、高橋 さん1分で最後の計測ステーションの穴にSIチップを差し込んでゴールしたのである。

私のタイムは59分13秒であった。男子85歳台Aクラスでは、予め優勝者の時間は 50分と設定されていた。そして2時間以内にすべて正しくチェックしてゴールすれば 完走とみなしている。高橋さんは44分59秒であるから、さすがに速い。ただミスし たとみなされる時間も計測されていて、総タイムに占めるロスタイムの割合、ミス率は 私、15.5%、高橋さん23.0%であった。

ゴールして写真を撮ってくれた上林さんに会った。かつてのオリエンテーリングのベテ ラン選手である。私と一緒にリレーを組んで走ったこともある。競技場への自動車にも 何回も乗せてもらったりした。その後競技出場をやめて、OLの写真を長年にわたり、 撮影し続けられた。殆どの大きな大会の全参加者の写真を撮り続け、インターネットの 上林写真館で無償の公開をしていた。私と同年配であり昨年の矢板での全日本大会を最 後に、OL写真からの引退を発表していた。「私の地元の岐阜県の全日本大会だからね。 出てきましたよ」大きなカメラを抱えて笑っていた。私は、上林さんの健康を気遣いな がら、久しぶりに写真を撮影してもらい有難く思った。

水を飲みおにぎりを食べ、着かえると帰りのバスが気になりだした。北海道からの原田 さんと山口県からの小畑さんは、バスの乗り場の列に並んでいる。私も並ぶつもりで荷 物を持ってそこまで行ったが、「表彰を受けるのならば、待った方が良いよ」といわれ た。男子85歳Aクラスは、2人しか出場していないが、規定時間内に完走すれば、金 と銀のメダルが出るらしい。そんなことで銀メダルをもらうのは少し恥ずかしいが、待 つことにした。「決まったクラスから、表彰してゆきます」という放送があったので、 高橋さんに「85は決まっているので、早く表彰を受けに行きましょう」と声をかけて、 表彰の舞台の上に上がった。大阪OLクラブの石原さんがクラブの旗を持ってきてくれ たので、メダルをもらった後、旗を広げて写真を写してもらった。高橋さんは「これ からもよろしく頼みますよ」といったので、私は「90歳まではやりますよ」と答えた。 高橋さんと去年も、栃木県矢板の全日本大会で、私が銀メダルを下げて並んで表彰を受 けたことを思い出した。来年は今回男子80歳台A優勝の石田さんや、そのクラスで去 年の優勝の原田さん、小畑さんらが85歳台に上がってきて、にぎやかなことになるだ ろう。

先のバスが出発して、次のバスを待っていると、大阪OLクラブの中原さんが車を止め て、中津川の駅まで、送るといってくれた。 おかげで、中央本線快速と、名古屋からの新幹線ひかりの乗車時間が上手く繋がった。 ひかりの自由席で、コーヒをのんで、今日のコースと久しぶりに話を交わした人達のこ とを思い出していた。

帰った翌日の6月18日、7時58分、大阪北部を震源とする地震に驚いた。新幹線と 大阪の交通が動かなくなった。地震が一日早かったら、その日には帰られないかもしれ ないところだった。

(2018年7月13日)

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宙 平
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