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『在宅ひとり死のススメ』

慣れ親しんだ自宅で、幸せな最後を迎える方法、という説明のついたこのタイトルの本は、 今年2021年1月20日、文春新書から発刊された。作者は上野千鶴子さんである。 上野さんは1948年生まれ、京都大学文学部哲学科社会学専攻を卒業、日本における女性学、 ジェンダー研究、介護研究のパイオニアとして活躍。東京大学で社会学の博士を取得。現在は 東京大学名誉教授である。結婚歴はなく、子供はいないが、決して男性嫌いではない、 といっているそうである。

この上野さんは2007年に『おひとりさまの老後』を法研から出版している。この著作で、 人の最後は「一人で死ぬのは基本。早期発見されるように万策をつくし、孤独、孤独死を恐れるな。 実際の死は苦しくないし孤独も感じない。死は所詮一人で成し遂げるもの」と述べている。 そして2009年『男おひとりさま道』を法研から出版し、「男おひとりさま力」向上の10か条 を挙げている。①衣食住の自立は基本のキ②体調管理は自己責任③酒・ギャンブル・薬物はさける ④過去の栄光は誇るな⑤人の話をよく聞く⑥つきあいは利害損得をはなれる⑦女性の友人には 下心を持たない⑧世代の違う友人を求める⑨資産と収入の管理は確実に⑩まさかの時のセーフ ティネットを用意する。

そして、2015年には朝日新聞出版から『おひとりさまの最後』を出して、次のように語っている。 「おひとりさまの私は、どのように住み慣れた家での「在宅死」ができるのか。ひとりで死んでも 「孤独死」と呼ばれたくない、当事者の切実な問いをたずさえて、医療・介護・看護の現場で疑問 をなげかけながら体当たりの取材を積み重ねました。死の臨床の常識は変わり、従来の介護を支える 家族は、どうも当てにならないことが実態のようです。本書は「在宅ひとり死」を可能にする現実的 な必要条件を多方面に取材し、研究した超高齢社会の必読書です」 それから6年後に出した今回の『在宅ひとり死のススメ』について、上野さんは次のように言っている。 「私のおひとりさまシリーズも、前回は『最後』と銘打って最後までくれば完結、普通最後の後はない ものです」しかし「最初の『おひとりさまの老後』を書いたときは58歳。その後、高齢者の仲間入り をして今や72歳」「まだ死にそうな気がしない、といってもたくさんの高齢者を見てきた経験からは、 これから待ち受けているのは『ヨタヘロ期』、『ヨタヨタ』→『ヘロヘロ』→『ドタリ』の要介護期。 私の次の目標は『要介護認定高齢者』になることでした。よーし、本物の要介護者になって、当事者 目線から情報を発信してやるぞというものでしたが、実際そんな気力・体力があるかどうかは 分かりません」そこで今のうちに「介護される知恵」を分かち合うために「刻々と変化している、 その後の変化を特に視野に入れて、次のステップをご一緒に考えるための手がかりにしたいと思って 書きました」

今年2021年度中に私は90歳になる。妻は85歳だ。私はオリエンテーリングなどやって元気そう に見えるが、身体は故障だらけ、いつ「ドタリ」となるか分からない。妻はすでに「ヨタヘロ期」に 入って、一人で外出ができなくなった。いずれどちらかが先に亡くなってひとり死を迎える。上野 さんはまだまだ「ヨタヘロ」にはならないと思うが、私と妻の方は「ヘロヘロ」―「ドタリ」がずっと 間近い。そこで、介護研究のパイオニアであり、おひとりさまシリーズがベストセラーを続けている、 上野さんの『在宅ひとり死のススメ』を電子書籍で取り寄せて、パソコンで読むことにした。

この本の第1章「おひとりさまで悪いか」は、今すごい勢いでおひとりさまが増えていることを 書いている。内閣府の調べで2000年に高齢者の子供との同居率は49・1%だったのが、 それからおよそ20年後には、30・9%に低下している。半面、高齢者の独居率は、2007年 15・7%だったのが、2019年27%と急増している。そして「老後はおひとりさまが一番幸せ」 として、それを実証するために、大阪の医師辻川覚志さんが、高齢者500名近くを調査して分かった 「圧倒的にひとり暮らしをされている人のほうが生活満足度は高く、悩みも少ない」という調査結果 を述べている。半面高齢者ふたり世帯の生活満足度は最低とのことである。

第2章「死へのタブーが亡くなった」では、「最後は病院へ、から最後は自宅へ」に変わってきている として、年寄りの容態が急変したらあわてて119番に通報してはならない。まずは、119番する前に 訪問看護ステーションに連絡することである。と述べている。私は容態悪化の場合、119番しか 考えてなかったので、「成程」と思った。

第3章「施設はもういらない」では、上野さんは施設にもデイサービスにも行きたくないといっている。 デイサービスに行くことをすすめるのは家族の都合で家にいてほしくないからであると述べている。

第4章「孤独死なんて怖くない」では、メデイアで話題になる孤独死は数週間から数か月にわたり 発見されなかったケース。要介護認定を受けていれば、必ずケアマネージャーがつき、持病があれば 主治医がつく、居宅訪問診療の対象になっていたら、主治医は必ず死亡診断書を書いてくれる、 と述べている私は訪問診療のできる医師に死亡診断書を書いてもらうのも選択肢の一つだと思った。

第5章と第6章は「認知症」の問題である。急速に増えている認知症の人たちを受け入れる 「大収容時代」が始まる。これは恐ろしいことだ。「巧妙に毒を盛られた果実」である。 手ぐすね引いて待ち受けているのは、精神病院と製薬会社だと述べている。施設に収容され、薬漬けにして、 拘束状態にされてしまう。在宅で独居の認知症患者の方が、訪問介護を利用して穏やかで機嫌よく暮らせる。 そして、認知症当事者の「認知症は不便だが不幸ではない」「ほんの少し手伝ってもらえれば一人で生きて いける」という言葉が述べられている。

第7章「死の自己決定は可能か」では安楽死、尊厳死の問題が提起される。終末期に 心肺蘇生術や気管切開、胃瘻、点滴などの延命措置を本人の意思で拒否することが、 良いかどうかの問題である。上野さんは「生まれてきたことに、自己決定はなかった。 死ぬことに自己決定があると思うのは傲慢だ。もし私がぼけたら、食べられる間は生 かしておいてほしい」と書いている。

私は、回復の見込みのないときの無駄な人工の延命措置は拒否するつもりだ。その リビングウイル(事前指示書)は必要だと思っている。しかし回復見込みのある医療措置 (例えばコロナ重症で一時使用の人工呼吸器など)は受けたいと考えている。回復見込みが あるかどうかで迷うことになるが、大いに迷えばよいと思っている。

そしていよいよ最後の第8章「介護保険が危ない!」となる。おひとりさまシリーズを書き 続ける上野さんは「在宅で、一人で死ぬことができるようになったのは、それもこれも介護 保険があってこそ、介護保険のおかげです」といっている。そして、この保険がスタートして 20年、現場の経験値は確実に蓄積され、今や、現場の専門職の支えがあれば、 「在宅ひとり死」は充分にできるという。上野さんは色々と取材して得た手ごたえを、 広く読者に伝えたくてこの本を書いたともいっている。調べた結果として日本の介護保険は 制度も担い手もケアの質も、諸外国の福祉先進国にくらべても決して見劣りがしない。 海外在住の日本人に、老後を過ごすなら日本がよいかもよと勧めている位だ、と述べている。

ところが、なぜその介護保険が危ないのか。それはこの法律が3年ごとに改定されて、使い 勝手が悪くなってきていることだ。2005年、要介護の一部をはずして、要支援1・2を 設けるようになった。これは増え続ける要介護者数を減らすためと考えられる。そのほか 「個室特養」の個室利用料が倍額に上がった。特養利用は要介護3以上に厳格化された。 利用者の自己負担率も所得に応じて1割から2割に、そして2018年には3割負担 の場合もつくられた。政府が利用抑制にギアチェンジをはじめているように見えることが危ない。 しかし、もう介護保険のなかった時代に戻れない。介護保険を後退させてはならない。要介護に なっても安心できる社会。安心して認知症になれる社会。そして障害をもっても殺されない社会 をつくるために、まだまだやらねばならないことは一杯ある「あなたも一緒に闘って下されば うれしいです」という言葉で、この本は結ばれていた。

私はこの本の「世界に見劣りしない、日本の介護保険」というところに啓発された。「ヨタヘロ」 の高齢夫婦の2人暮らし、それなら今すぐ、2人同時に介護保険を申請することに決めた。 「介護保険はそう簡単に認定してくれないのよ、それに家まで来てもらって介護など受けたくない」 と意地を張っていた妻をなんとか説得した。申請書を提出すると、主治医の意見書がいるので私は 心筋梗塞の処置を受けたときの血管センター病院の担当医師に、妻は近くの通っていた内科クリ ニックの先生に連絡して、お願いすることに決めた。

3月12日、西宮市役所の高齢福祉課の申請窓口に行くと数人の行列ができていた。番号札を 取って並んだが、介護保険を受けようとする人、介護認定変更の申請をする人が多いのに改めて 驚いた。古い介護保険証はそこで取り上げられる。「その内、調査員がお伺いする日をお知らせ します」という返事だったので、いつ頃になるか知らせてほしいというと、丁度そこに調査員の 女性の人がいて「3月22日の月曜日の午前9時40分なら空いていますよ」といったので、 早速その日にお願いすることにした。介護保険暫定被保険者証が介護サービスガイドブック とともに送られてきて、調査員がマンションにやってきた。

早速居間で、私の調査から始まった。私の生活の自律状況、食事、排泄、睡眠、買い物、薬、 金銭の扱いなどの状況、過去、現在の病気、怪我などの様子、生年月日、曜日、朝食べたもの などを質問し、認知状況の確認などがあった。妻には同じような状況調査の他、歩行の状態、 寝台に寝て起き上がる動作の確認があった。

介護認定(要支援1・2、要介護1~5)は、コンピュータ判定と介護認定審査会により決定 されるとして、結果が判明したら通知がある、と説明を受けた。そして、通知が来たら、地域の 包括支援センターの窓口に連絡して、介護の相談をして下さい。特に妻の場合は、保険を使って 風呂場などに手すりの設置、歩くための手押し車のレンタル、そして在宅か、通所かを決めて リハビリの申し込みの手続きをされたら良いですよと、アドバイスしてくれた。その日、私と妻の 介護保険負担割合証が送られてきた。私の介護費用の負担は2割、妻は1割負担だった。

老化が進み、自宅で生活しにくくなってきたとき、私も妻もいずれ家を離れ、どこかの老人施設 に入らなくてはならないのだろうと、考えていた。しかし、上野さんの『在宅ひとり死のススメ』 は介護保険を利用して「在宅で介護される知恵を使うこと」があることを教えてくれた。私の終活 の方針も「いかに介護保険を利用するか、知恵を絞って、在宅で頑張れる限り頑張ってみる」 とはっきり打ち立てることができて、すっきりした。

私と妻にどんな介護認定が下るのだろうか、私は要支援2ぐらいで、妻は要介護2ぐらいだろう、 など考えていると、久しぶりに何故か楽しくわくわくしてきた。

(2021年3月26日)

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宙 平
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