From Chuhei
私の先祖のお墓のある宮津大頂寺の山門です。
ゴールに向かって走る、ウエスタンカップ大会。昨年三木市三木山森林公園。
70歳台異常なし宮津の町の西南の高台にある大頂寺には、私の先祖の墓がある。昔、殿様がお国替えになると、
付いて移った家来の墓はその新しい土地に作ったらしい。だからそこにあるのは、江戸時代中期
以降のものである。その前の先祖の墓は、浜松に残っていたと聞いているが、私は行ったことがない。15基ほどが並ぶ中で、苔むした墓石の字がはっきりと読めないものもあり私にはそれが、もう
何代前の人か分らない。が、昔親が参っていた墓にそのまま手を合わせている。
昨年の暮れの寒い曇った日、誰もいない墓地で、そんな墓に線香を手向けていると突然、風に
乗って声が聞こえた。
「傘寿になりましたね。古希からの10年間、どうであったかを報告しなさい」
「女性の声のように聞こえますが、貴女はどなたですか。そして誰にどうして、なぜ報告するのですか?」
「私はこの方面の幽界傘寿倶楽部の世話役です。ご存知なかったかもしれませんが、貴方は今まで
10年間、幽界古希倶楽部の予備会員でした。今度は傘寿の予備会員に変わるのです。
報告しなければなりません。私に今ここで報告してください」
「私の古希以降、70歳台は異常ありませんでした。謹んでご報告いたします」
「そんな簡単なのはいけません! 病気などしなかったのですか?」
「入院はその間、2回しています。その他で今年の支払った医療費は25万5000円。
保険金などで補てんされる金額6万8000円。これが過去10年間毎年続いています」
「異常があるのではないですか? そんなことでは間もなく、幽界傘寿倶楽部の本会員に
なって頂かねばなりません」
「入院は3年前の9月と12月に直腸脱の手術をしました。これは肛門から大腸が脱出しないようにする
外科手術です。今は日常生活に異常はありません。医療費は71歳から始めた漢方と鍼灸の費用が7割以上を占めます。その他は歯科と
眼科の医院への支払いが主です。還暦の頃から、目くらみが急にするようになって、脳神経内科や外科でMRIや脳波、血液検査などを、
何度となく受けたのですがどこでも異常なしでした。結局心因性だとか、血圧が高い目ではないかとかで、
精神安定剤や、降圧剤をくれるのですが、原因は分りませんので、私は止めてしまいました。結局、漢方とか鍼灸によって身体の自然治癒力を常に保つようにして、10年になりました。
病院検査の診断は『異常なし』のままです」
「ほかに、特にしたことはありませんか?」
「古希を過ぎた時、死ぬ準備を少しずつして行こうと思いました。そこで公証役場で妻とともに遺言書を
書きました。そしていつ死んでも良い心を保つために、ヨガの瞑想と、座禅を始めたのですが、これは今、
やってはいません。また外国への旅行も行けるうちに行っておこうと10年期間の旅券を取ったのですが、
これがもう期限がきて、継続手続きをすることになります」
「外国には行かれたのですか?」
「妻があまり海外旅行には積極的ではありませんので、観光旅行にはこの間行ってはいません。
私はスポーツとしてオリエンテーリングをしていますので、海外の選手権大会などに参加しました。
9年前はカナダのカルガリーやエドモントン、7年前はスエーデンのベスタ―ワーズ、6年前は
オーストリアのノースタッド、5年前はフィンランドのクーサモやカンカンパ。そしてこの年の7月は
ハンガリーのペーチで、丘陵や森林の中を走り回りました。そのためのトレーニングとして毎日
1時間足らずのジョッキングは続けています」
「成程、貴方はさらにもう10年生きて幽界卒寿倶楽部の予備会員まで行けるかもしれないですね。
さらに上には白寿倶楽部、皇寿倶楽部とあるのですよ」
「卒寿倶楽部の予備会員に入ることが出来て、その時も『異常なし』と報告が出来れば、良いと
思いますが、私がどの段階でその倶楽部の正会員に入るにしろ、ピンピン生きていてコロリと
入れることを願っています」
「ピンピンとは貴方の身体のエネルギーを万遍なく、そして無理なく、正常に、常に放出することです。
それがうまく行きますとコロリと自然のままの大往生となり、軽やかに幽界へ入れます」
「有難うございます。ところで私は美しい貴方の声に聴き惚れました。すぐに正会員になり幽界入りを
したいくらいです。貴女は私の先祖で、この目の前のお墓に入っておられる方なのでしょうか?
それともこのお寺は宮津の殿様の菩提寺ですから、奥方さまか、お姫さまだった方でしょうか?」
「お墓には誰も入っていません。幽界に入りますと、実はもう先祖も、殿様も奥方も姫も家来も、町方も、
お百姓も、何もないのです。倶楽部ごとに集まって、風に乗りこの大きな空を吹き渡っているだけです……」そして、線香の煙が大きく揺れて墓地の上を風がわたると、その女性の声は次第に遠ざかっていった。
《当面の目標はもう10年生きた上、月に一回エッセーを書き続け、ピンピンコロリで幽界の卒寿倶楽部の
正会員になることにしよう!》私はそう思いながら、大頂寺の山門を出て、坂を下った。
《70歳台は矢のように早く、異常なく過ぎ去っていった。80歳台も一層早く飛ぶように時が流れることだろう。
そして卒寿になった時、次の白寿が見えてくるかどうか? その時の状況により次の目標が決まる。
そしてやがて、いつかははじまる幽界への厳かなカウントダウンがどの段階で鳴り響くのか? これを考えるだけ
でも面白いではないか》(平成23年節分)☆-☆-☆-☆-☆-☆-☆-☆
:★:cosmic harmony
宙 平
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