大和ミュージアムと芸備路の線路旅 |
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杉田会長様 e-silverの皆様へ 佐野です 2月10日の寒さ厳しい時思い付きでの1人旅でした、JR広島駅の改装が進みまごつきました。私の十数年前までの広島行の昼食の定番は2階西の食堂街で ¥1000の鯛のあら炊き定食でしたが今は6階で夜のメニューとして¥1600になってました、時間が掛かるので諦めて卵とじトンカツ定食で乗り継いで呉へ、 呉駅前も変わり大和ミユージアム、てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)、ゆめタウン呉、呉中央桟橋ターミナルと二階通路で連なり、岸壁には護衛艦・潜水艦等 数隻が係留され軍港一色と言った感じです、ミージアムの建物広場には碇・大砲・プロペラのほぼ実物大のモニュメントがならび今の南シナ海への思いを抱かせ ている感じでした、館内でまず10分の1模型が目を引き立派な物です、実物大は長さ263m,幅38,9m,基準排水量72800トンと当時としては最大の戦艦でした。 私の想いは不沈艦とし、主砲46p砲9門搭載の船体を4軸プロペラで推進の実態はいかにでした。不沈艦たる所以は両舷側が40ミリ鋼鈑の二重壁で特に鋲 止め船体構造で魚雷防御が施され、主砲については長さ20Mで重さ約100トン、射程距離40KMを上下左右転回に疑問でしたが油圧・電動機械が組み合わされた 技術が完成されてた様子、飛距離射程に至っては日本光学のレンズと真空管式の計算機て地球の自転・風向を読み込んだ計算機を主塔で指令されてったようです、 推進については12基のボイラーで150000馬力をつかつて外径5Mのプロペラで推進していたとのこと。思うに軍艦はほぼ100%鉄の塊を良くも自在に動かす 力をもつ人間の能力に感じいっています。今の日本の物創りの原点がヤマトに全て凝縮されてる様に熱い想いを感じさせられた。 帰りは各停電車で三原駅まで海岸線を沈む夕日を楽しみ大型船舶の乗船装置の営業に思いを更っけ、最近は牡蠣の養殖場が多く漁場の風景も変り,竹原市が大きな 市にうまれかわってる様子が窺え、幸崎町の幸陽船渠が社名も今治造船株式会社にかわってました、建造中の船もグッと大きく輸出用の大型外航船のドッヤード にかわってました、業界を離れ丁度30年になりますが思い出はつい昨日のように思い出されて参りました。余裕が有れば尾道にも寄りたかったです。また次にと 楽しみを残して明日に向かって頑張りましょ |