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写真はコバルトブルーも鮮やかな石垣島川平(カピラ)公園 |
目 次 1)沖縄本島首里城地区見学記 2)首里金城町石畳道 3)石垣島川平(カピラ)公園 4)宮古島 5)竹富島旅行記 |
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首里城地区見学記 | ||
今回の旅行で図らずも沖縄記念公園首里地区の施設をみることができ深い感銘を受けた 西暦1429 年の建国から1879 年、明治政府の所謂、琉球始末なる強権措置により名実ともに消滅するまで 琉球王国が存在し中国、日本の影響をうけながらも独自の文化を花開かせた。国王尚氏の根拠であった首 里城[グスク]は度重なる火災、再建を繰り返し、最後は1945 年沖縄戦 米軍の筆舌に尽くしがたい苛烈 な砲爆撃により灰燼に帰した。戦後復興の気運が高まり徐徐に施設が再建され1989 年首里城正殿の復元工 事が着手され1992 年11 月3 日に大略復元された。2000 年沖縄サミットでは北殿で首脳夕食会が開催さ れた。同年[琉球王国のグスク及び関連遺跡群]は文化遺産として世界遺産に登録された。沖縄県民の心 の拠り所である首里城の復興を心から祝いたい。以下見学順路に沿って急坂を登り幾多の門をくぐり正殿 に到達した。 |
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守礼門(しゆれいもん) 中国風の牌楼の形式で建てられデザイン 上バランスが取れエレガントな雰囲気が ある。1933 年国宝に指定されたが沖縄戦 で破壊され1968 年に再建された。沖縄を 象徴する施設として2000 円紙幣の図柄 にも採用されている。 [守礼]は礼節を守るという意味で門に掲げられてある扁額に守礼之邦とあるが琉球は礼節を重んずる国 である事を現している |
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園比屋武御嶽石門(そのひやんうたき 琉球石灰岩で作らた建造物。国王が外出す る時に安全祈願した礼拝所。形は門になっ ているが門ではなく神への[礼拝の門]と 言うべき場所である。沖縄戦で一部破壊さ れたが修復現在国の重要文化財、2000 年に は世界遺産に登録された。 |
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歓会門 首里城の正門 中国の‘冊封使’などおとずれる人へ の歓迎の意味をこめて名前が付けられ た。 |
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漏刻門 水時計の門の意味 門の上の櫓に水 槽を設置し水のもれる量で時間を計 ったといわれる。 時刻を測定すると係りの役人が三つ の門で同時に太鼓を敲き城内城外に 時刻をしらせたという。 |
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正殿入口三門 中央の門は奉神門 [神を敬う門] 三つの門のうち中央は国王や中国の 冊封使など限られた身分の人が出入 りし役人等は左右の門より出入りし た 正殿のある御庭(うなー)に入 る最後の門となる。 |
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南殿。番所 右側が番所 左側が南殿 [番所]は正殿を訪れる人々の受付や国王への取次ぎを行った 所で[南殿]は主に日本的な儀式や薩摩藩の接待所と使用された所である 塗装された記録がないため白 木のままである。 |
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北殿 左の平屋の建物 王府の中央行政官庁として大勢の人が出入りし最も活気ある館であった中国の使 者[冊封使(さっぷーし)]を接待する場所として使用され、ペルリ提督が首里城を訪れた時も歓迎宴が催 された。 近くは2000 年沖縄サミット首脳宴が再建後の建物で行われた。 |
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首里城正殿 首里城の中心的建物 木造三階建てで一階は[下庫理]国王が政治や儀式を行う場。 二階は[大庫理]国王、親族、女官が儀式を行う所 三階は通気の為の屋根裏部屋 沖縄戦を含めて過 去四回の焼失、再建を繰り返してきた 現在の正殿は1712 年に再建され戦前まで残っていた建物をモデル に再現したものである。 |
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正殿二階大庫理 御差床(国王が座る座)扁額は清朝の冊封を示すもの | |
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琉球王の王冠 | 清朝よりの印璽 | |
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2000 年沖縄サミット晩餐会 北殿で行われた |
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最近城内の書院(国王の日常の執務場所、また冊封使や薩摩の役人を接待した所)、鎖之間(さすのま、王 子が薩摩の役人を接待した場所)が復元公開された。 |
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城外復路 | 那覇市街遠望 | |
首里城公園管理センターホームページ | ||
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首里金城町石畳道 | ||
首里城より南西の斜面に16 世紀の主要道路として造られた琉球石灰岩の石畳道です。 当時の延長10km にも及んだ道は現在、金城町の280m がのこされています。 道の界隈は昔の風情を今も漂わせています。日本の道百選の一つに選ばれました。 |
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魔除けの石? | ||
![]() 急な坂道が続く |
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門柱に景観賞の標識あり 1986 年に那覇市景観賞を受ける。ブロック塀はつくれない又新築増築には赤瓦 を載せることが義務つけられた。石畳の掘り起しにも許可がいり水道管の付設に苦労し生活に不便を感ず るが良い環境を残しておく事が何よりも大切で積極的に協力しているとの事である。 |
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門柱の上の魔除けシーサー NHK で放映された‘ちゅらさん’の撮影に使用した古波蔵家 現在は立ち入り禁止 |
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石畳の道の両側には石垣を積んだ屋敷が続く | ||
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村屋(ムラヤー)町内(2000 所帯)の集会所 公民館として十数年前沖縄風に建設 | 村屋内部 自治会、婦人部、青年部、子供会、町のサークルの利用が多い 石畳の道の辻に建つ |
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王府時代末期この屋敷の主であった新垣氏が男子誕生を祈り私財を投じて掘った井戸 石畳に落ちた雨水は隙間からしみこみ土床により吸収、浸透、濾過され、ムラガー(共同井戸)へ誘導さ れる。 |
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石垣島川平(カピラ)公園 | ||
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グラスボート(船底がガラス張りで海中の珊瑚礁、魚の遊泳を見る事ができる) | ||
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